不幸なフーコ(36)

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ライト文芸

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35話

「おい。野乃花。遅刻するぞ」

「遅刻するのは哲宏だけでしょ。私は余裕だもん」

 自転車での道のりは、哲宏の学校の方が遠い。私はすでにショートカットルートを開拓しているのだ。もう少し遅くに出ても平気である。

 春になり、二年生になった私は、電車通学をやめた。風子にべったりくっついている必要がなくなったので、部活の時間に合わせやすい自転車にしたのだ。

 私はまだ多少浮いたところがあるけれど、堤さんや茅島さんたちの助けもあって、徐々に馴染んでいっている。と、思う。

 特進クラスはクラス替えがない。堤さんは、「時が解決してくれるっしょ」と、脳天気に言い放ち、茅島さんに「無責任!」と、非難されていた。

 彼女は自分がクラスで敬遠されていたことがあるから、なんだかんだ私のことを理解して、世話を焼いてくれている。

 嫌な子だと思っていたけれど、実際は人づきあいが少し苦手な、私とよく似た女の子だった。

 哲宏と自転車を並べて走らせる。風を切る。この感じ、ずっと忘れていた気がする。

 並走期間は短くて、駅前で別れなければならない。哲宏はぐっと拳を握って、「頑張れよ」と励ましてくれた。私も拳を振り上げて応える。

「さて。行くか!」

 声を出して、気合いを入れる。ペダルを力一杯踏みしめて、走れ。

 カゴに入れた鞄が大きく揺れた。あ、お弁当、大丈夫かな。

 一瞬考えたけれど、足は止まらない。どんどん漕いで、走れ走れ。

 鞄には、四つ葉のクローバーのキーホルダー。あの日、風子がくれた幸せを閉じ込めて、いつも持ち歩いている。

 風子の見つける小さな幸せは、もう私には差し出されない。だから、今度は自分で見つけにいくのだ。

 きっと、私にだって見つけられるはず。

 新しい春の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、私はひたすら、自転車を走らせるのだった。

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