<<はじめから読む!
<35話
「おい。野乃花。遅刻するぞ」
「遅刻するのは哲宏だけでしょ。私は余裕だもん」
自転車での道のりは、哲宏の学校の方が遠い。私はすでにショートカットルートを開拓しているのだ。もう少し遅くに出ても平気である。
春になり、二年生になった私は、電車通学をやめた。風子にべったりくっついている必要がなくなったので、部活の時間に合わせやすい自転車にしたのだ。
私はまだ多少浮いたところがあるけれど、堤さんや茅島さんたちの助けもあって、徐々に馴染んでいっている。と、思う。
特進クラスはクラス替えがない。堤さんは、「時が解決してくれるっしょ」と、脳天気に言い放ち、茅島さんに「無責任!」と、非難されていた。
彼女は自分がクラスで敬遠されていたことがあるから、なんだかんだ私のことを理解して、世話を焼いてくれている。
嫌な子だと思っていたけれど、実際は人づきあいが少し苦手な、私とよく似た女の子だった。
哲宏と自転車を並べて走らせる。風を切る。この感じ、ずっと忘れていた気がする。
並走期間は短くて、駅前で別れなければならない。哲宏はぐっと拳を握って、「頑張れよ」と励ましてくれた。私も拳を振り上げて応える。
「さて。行くか!」
声を出して、気合いを入れる。ペダルを力一杯踏みしめて、走れ。
カゴに入れた鞄が大きく揺れた。あ、お弁当、大丈夫かな。
一瞬考えたけれど、足は止まらない。どんどん漕いで、走れ走れ。
鞄には、四つ葉のクローバーのキーホルダー。あの日、風子がくれた幸せを閉じ込めて、いつも持ち歩いている。
風子の見つける小さな幸せは、もう私には差し出されない。だから、今度は自分で見つけにいくのだ。
きっと、私にだって見つけられるはず。
新しい春の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、私はひたすら、自転車を走らせるのだった。
コメント