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<34話
冬休み中に謝らなければならない人は、もうひとりいる。
青い顔をしていた私に、「ついていこうか?」と、哲宏が申し出たが、断った。私が向き合わなければならない問題だ。これ以上、哲宏を煩わせるわけにはいかない。
待ち合わせ場所のファミレスで、持ってきたドリンクに手をつけることもできなかった。
行儀が悪いけれど、貧乏揺すりが止まらない。どうにかしたくて、思いっきり踏ん張ってみたけれど、無駄だった。
風子も哲宏も、付き合いの長い人たちだ。だから真摯に謝罪をすれば、なんだかんだ許してくれるという甘えがあった。
だが、これから会う人は、違う。私は彼にひどいことをした。一方的にどんな人間なのかを判断して見下し、およそまともな人間とは思えない態度を取った。
私は彼の連絡先を知らないし、心の中ですら、彼の名を呼んだことがなかった。風子が彼を連れてくるまでの間、口内でもごもごと、名前を呼ぶ練習をしようとして、そういえば、苗字を失念していたことを思い出す。
いや、そもそも知らないか。
だって、風子は「崇也センパイ」としか呼ばないんだもの。
「ののちゃん。連れてきたよ」
風子の声に、私の肩は大げさなくらい揺れた。努めて平静を装い、私は立ち上がり、二人を出迎えた。つもりだった。
「ん?」
そこはかとなく、違和感がある。まじまじと見つめると、居心地悪そうに身じろぎした、彼。あっ、と思う。
「髪の毛!」
謝罪の前に、うっかり指をさしてしまった。あまりに失礼な振る舞いに、慌てて頭を下げる。
私が金髪男金髪男と言っていた彼の頭は、黒くなっていた。無造作に伸ばされ、あまり手入れのされていなかった長めの髪の毛は、短く刈り込まれていたのだ。
気にするな、と身振りで示した崇也さんは、風子と並んで私の向かいに座った。
改めて対面すると、髪型は変わっても、目つきの鋭さは変わらない。短くなった前髪で隠せなくなった分、より一層凶悪なものにすら見える。
それでも私は、金髪のときに抱いた悪印象が、薄れていくのを感じた。
彼らがオーダーを済ませ、ドリンクを用意したところで、私は深く頭を下げた。
「重ね重ね、失礼なことばかり言いました。ごめんなさい」
頭のてっぺんに、視線をびしびしと感じる。許してもらえないのだと思った。ぎゅっと目を瞑る。何か言葉をかけられるまでは、頭を上げられない。
「あ~……、守谷さん? だったか。頭、上げてくれ」
おずおずと顔を上げると、崇也さんは真面目な顔をしていた。深いまなざしに、怒りの感情は感じられない。
「確かに、いろいろ言われてむかついたりとかもしたけど、でも、あんたの言うことも、もっともな部分があったから」
百合が原女子に通っている風子と、工業高校のヤンキー丸出しの自分が一緒にいると、どんな目で見られるのかを、崇也さんは私の言葉で自覚した。
「俺は馬鹿だけど、見た目まで馬鹿やってたら、こいつの迷惑になるってこと、あんたの言葉で初めて知った。今までは、そんなの気にしたことなかったんだ」
風子と距離をおくか、自分が変わるか。
一度彼は、風子との連絡を断ったけれど、結局離れることができなかった。見た目をはじめ、自分自身を変えることを選んだのだ。
崇也さんは、春からの就職が決まっている。社会人として、学生の風子との付き合いに責任が生じる。
「俺はこいつを、フーコを大切にしたいと思っている。真剣なんだ。だから」
「もう、いいです」
必死な崇也さんの言葉を、私は遮った。不安そうな顔をしている彼に、首を横に振る。目尻には、怒りではなく涙が滲んでくる。そっと指で拭ってから、私は再び、頭を下げた。
風子。私だけの、可愛い風子。でも、もう違う。今、手を離すときなんだ。
「フーコのこと、よろしくお願いします」
どうか、この子のことを幸せにして。
力強く頷いた崇也さんの隣で、風子は泣いていた。でもそれは、悲しいからじゃない。
嬉しくて、幸せで泣いているのだ。
私の隣にいたら、絶対に流せない涙を、私は少しだけ複雑な気持ちになりながら、眺めている。
>36話
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