不幸なフーコ(35)

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ライト文芸

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34話

 冬休み中に謝らなければならない人は、もうひとりいる。

 青い顔をしていた私に、「ついていこうか?」と、哲宏が申し出たが、断った。私が向き合わなければならない問題だ。これ以上、哲宏を煩わせるわけにはいかない。

 待ち合わせ場所のファミレスで、持ってきたドリンクに手をつけることもできなかった。  

 行儀が悪いけれど、貧乏揺すりが止まらない。どうにかしたくて、思いっきり踏ん張ってみたけれど、無駄だった。

 風子も哲宏も、付き合いの長い人たちだ。だから真摯に謝罪をすれば、なんだかんだ許してくれるという甘えがあった。

 だが、これから会う人は、違う。私は彼にひどいことをした。一方的にどんな人間なのかを判断して見下し、およそまともな人間とは思えない態度を取った。

 私は彼の連絡先を知らないし、心の中ですら、彼の名を呼んだことがなかった。風子が彼を連れてくるまでの間、口内でもごもごと、名前を呼ぶ練習をしようとして、そういえば、苗字を失念していたことを思い出す。

 いや、そもそも知らないか。

 だって、風子は「崇也センパイ」としか呼ばないんだもの。

「ののちゃん。連れてきたよ」

 風子の声に、私の肩は大げさなくらい揺れた。努めて平静を装い、私は立ち上がり、二人を出迎えた。つもりだった。

「ん?」

 そこはかとなく、違和感がある。まじまじと見つめると、居心地悪そうに身じろぎした、彼。あっ、と思う。

「髪の毛!」

 謝罪の前に、うっかり指をさしてしまった。あまりに失礼な振る舞いに、慌てて頭を下げる。

 私が金髪男金髪男と言っていた彼の頭は、黒くなっていた。無造作に伸ばされ、あまり手入れのされていなかった長めの髪の毛は、短く刈り込まれていたのだ。

 気にするな、と身振りで示した崇也さんは、風子と並んで私の向かいに座った。

 改めて対面すると、髪型は変わっても、目つきの鋭さは変わらない。短くなった前髪で隠せなくなった分、より一層凶悪なものにすら見える。

 それでも私は、金髪のときに抱いた悪印象が、薄れていくのを感じた。

 彼らがオーダーを済ませ、ドリンクを用意したところで、私は深く頭を下げた。

「重ね重ね、失礼なことばかり言いました。ごめんなさい」

 頭のてっぺんに、視線をびしびしと感じる。許してもらえないのだと思った。ぎゅっと目を瞑る。何か言葉をかけられるまでは、頭を上げられない。

「あ~……、守谷さん? だったか。頭、上げてくれ」

 おずおずと顔を上げると、崇也さんは真面目な顔をしていた。深いまなざしに、怒りの感情は感じられない。

「確かに、いろいろ言われてむかついたりとかもしたけど、でも、あんたの言うことも、もっともな部分があったから」

 百合が原女子に通っている風子と、工業高校のヤンキー丸出しの自分が一緒にいると、どんな目で見られるのかを、崇也さんは私の言葉で自覚した。

「俺は馬鹿だけど、見た目まで馬鹿やってたら、こいつの迷惑になるってこと、あんたの言葉で初めて知った。今までは、そんなの気にしたことなかったんだ」

 風子と距離をおくか、自分が変わるか。

 一度彼は、風子との連絡を断ったけれど、結局離れることができなかった。見た目をはじめ、自分自身を変えることを選んだのだ。

 崇也さんは、春からの就職が決まっている。社会人として、学生の風子との付き合いに責任が生じる。

「俺はこいつを、フーコを大切にしたいと思っている。真剣なんだ。だから」

「もう、いいです」

 必死な崇也さんの言葉を、私は遮った。不安そうな顔をしている彼に、首を横に振る。目尻には、怒りではなく涙が滲んでくる。そっと指で拭ってから、私は再び、頭を下げた。

 風子。私だけの、可愛い風子。でも、もう違う。今、手を離すときなんだ。

「フーコのこと、よろしくお願いします」

 どうか、この子のことを幸せにして。

 力強く頷いた崇也さんの隣で、風子は泣いていた。でもそれは、悲しいからじゃない。

 嬉しくて、幸せで泣いているのだ。

 私の隣にいたら、絶対に流せない涙を、私は少しだけ複雑な気持ちになりながら、眺めている。

36話

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