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<11話
食事もそこそこに放り出し、クレマンはブリジットに出かける旨を伝えた。それから、自分のものとブリジットのものと、喪服の準備をしておくように言った。
彼女はいったい誰が、という顔をしたが、憔悴しきっているわりに、目は怒りにギラギラと燃えているオズヴァルトの様子を見て、何かを悟ったようだ。無言で頷き、残った黒パンですぐにサンドウィッチを作った。クレマンのものというよりも、オズヴァルトのためだろう。彼は食事をほとんど摂っていない。
クレマンが自分の乗る馬の準備を厩舎で行っていると、近くの村に暮らす農夫が近づいてきた。
「サンソン先生、今日は仕事か?」
「ええ。……すいません、今日はブリジットだけなので、調合済みの薬をお渡しすることしかできなくて」
クレマンたち一族は、見様見真似で医者の真似事をしていた。皮肉なことに、死体を間近で見てきたサンソン一族は、医者としての才能を開花させてきた。死体の観察を通じてわかった人体の構造や、新しい療法を書き記し、代々受け継がれた知識は、街の正式な医者にも匹敵すると自負している。もしも処刑人をやめることができたなら、医者一本でやっていきたい。サンソン家の人間ならば、誰もが願ったことであろう。
「いやいや。気にすんなって。先生が格安で診てくれるから、俺らは助かってる」
男は腰を摩りながら笑った。ついでだから、と馬の支度も手伝ってくれて、思った以上に早く出かける準備が整った。
「行こう」
普段出勤するときとは違い、鞭を振るった。ぐいぐいと速度を上げていくと、並走するオズヴァルトが、「意外だ」と言った。あまり喋っていると舌を噛むぞ。言葉にする代わりに、さらに馬の足を速めさせる。彼と馬で出かけたことは、あっただろうか。マイユ家の食卓に招かれるときには、酒も供されるため、馬車を使うことにしているから、ひょっとすると、初めてかもしれない。
王都の処刑人を務め、表向きは高等法院に所属する末端の役人でもあるクレマンは、毎日馬で自宅から職場まで通っているので、見た目以上に技術はあるのだ。
それにしても、オズヴァルトの乗馬技術も大したものだった。遅れることなくついてくる。つい張り合ってしまいそうになるが、競走をしている場合ではなかった。
しばらく並走していたが、王都が近づくにつれて、クレマンは馬足を緩め、オズヴァルトは逆に速めた。事件現場であるバロー邸の場所を、クレマンは正確に把握していない。道案内は、婚約者に会いに何度も通ったオズヴァルトに任せた。
>13話
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