断頭台の友よ(13)

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12話

 バロー商会は、糸や布を扱う卸業だ。だからこそ、マイユ家との取引があり、三男坊の婿入り先に選ばれた。その邸宅は王都の三番通りと呼ばれる、裕福な商家が立ち並ぶ場所にあった。何度か訪れたことのあるマイユ邸と比べれば、さほどの規模ではないが、改築したばかりなのだろう。白い壁は虫食いもなければ、日焼けもしていない。年代物のサンソン家の屋敷から見れば、立派なものであった。

 オズヴァルトは、慣れた手つきでドアをノックする。

「義父上、私です」

 道中聞いた話によれば、オズヴァルトは昨夜から、婚約者の家に泊まっていた。家族ぐるみの付き合いだし、同じ王都に住まう者同士、そういうこともあるのだろう。寝室をともにしたかどうか、下世話なことが気になったが、クレマンは自分の好奇心を抑えた。聞かずとも顔には出ていたようで、彼はクレマンの疑念を否定した。

 オズヴァルトはイヴォンヌと同衾していなかったことに、安堵する。いくら婚約者だからといって、婚前交渉は神がお許しにならない。商売女は別として。

 ともあれ、オズヴァルトとバロー一家の仲はよかった。結婚前から「義父上」「オズ」と呼び合う程度には、花嫁の父親という最大の難関とも、うまくやっていたようだ。

 ややあって出てきたバロー家の主人、ゴーチエ・バローは黒々とした髭が自慢の壮年男性であったとクレマンは記憶していた。うちが糸を卸さなければ、あの有名なブティックも、一日も持たん。それが口癖だった豪胆な男は、憔悴しきっていた。朝起きてみれば、娘の命が、未来が突然断ち切られていたのであるから、当然である。ご自慢の髭も、しなしなと力なく、白いものさえ混じっている。

「友人のクレマン・サンソンです」

 オズヴァルトが紹介しかかったところで、ゴーチエは手で制した。

「俺も商売人だからな。一度紹介された相手のことは、覚えている。役人だったか?」

「ええ、高等法院所属の捜査官です」

 クレマンは、「この度は……」と語尾を濁してお悔やみの言葉を述べる。ゴーチエの目が血走っているのは、オズヴァルトが自分を呼びにくるまでの間に、存分に泣き散らかした痕に違いない。疲れてはいるものの、彼は正気を保っている。

 逆に、錯乱状態にあったのはイヴォンヌの母・カペラであった。ゴーチエとオズヴァルトに先導された身内以外の男を目に入れるや否や、食ってかかってきた。

「あんた! あんたが殺したのね!? 私の愛するイヴォンヌを!」

「カペラ! いい加減にしなさい!」

 恐慌に陥り、引きつけを起こさんばかりになっているカペラを、ゴーチエは力づくで止めようとする。死体発見の段階で、すでにひと悶着起こしていたのだろう。こうなることを予想していたオズヴァルトが庇うように両手を広げていた。

 しかしクレマンは、彼らを制した。自宅で開いている治療院には、様々な症状の人がやってくる。農作業中に腰や膝を痛める農夫や、天気が悪くなると必ず頭痛がする婦人、冬には喘息がひどくなる子供。怪我人や病人だけではなく、精神に障害を負った人も、家族に付き添われてこっそりと訪れる。だから、クレマンは言いがかりをつけられることも、長い爪で引っかかれることも慣れていた。

 バロー夫人に近づいたクレマンは、振り上げられた彼女の手を避けなかった。頬を張られるのは確かに痛いが、小柄で力仕事などしたことのない女性だ。たかが知れている。

 ひるまずにそのまま接近すると、逆に彼女が身を引く。カペラの背中に触れ、トントン、と一定のリズムを刻んで背骨をなぞっていくと、徐々にではあるが、彼女の呼吸が通常の速さに落ち着き、目の焦点も合い、クレマンだけではなく、夫や娘婿になるはずだった青年もいることに気がつくと、正気に戻っていった。

「私は捜査官であり、王都のはずれの村では医者の端くれとしても働いています。奥様、あとで心が落ち着くお茶をお淹れしましょう」

 自分は味方であるとクレマンは根気よく繰り返し説明し、ようやくカペラは商家を切り盛りする女性らしく、クレマンに一礼した。無理をしてほしくはなかったので座らせ、事件の第一発見者である三人をぐるり見回した。

 やはり、オズヴァルトが適任であろう。ゴーチエは妻を宥めるのに専念してもらいたい。現場の確認を終えた後に、話ができるところまで落ち着かせておいてほしい。

「オズ」

 友の名を呼ぶと、彼はすでに予想していて、「こっちだ」とクレマンを連れ、二階へと向かった。

14話

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