愛は痛みを伴いますか?(16)

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15話

「何に対しての謝罪なのか、イマイチわからないんですけど」

 わからないだろうな。雪彦はそう思った。

 彼の望んだ行為に、自分が勝手に罪悪感を覚えているだけ、勝手に謝罪してラクになろうとしているだけなのだから。まだジンジンと痺れているのだろう尻の有様を見て、言葉を連ねる。

「俺、やっぱり向いてないと思う」

 M奴隷のことを徹底的にいたぶらなければならないのに、雪彦は幹也を痛めつけ、傷つけたことを悪いと思ってしまう。これでは主人失格だろう。何をもって幹也が、雪彦の中に理想の主人像を見出したのかわからないが、彼の目が節穴だったのだ。

 滔々と述べた雪彦の頬に、幹也は触れた。優しく微笑んで、「だからあなたは、俺の理想のご主人様なんです」と諭した。

「SМって、サディズムとマゾヒズムの略ですけど、もう一個別な説があるの、知ってますか?」

 雪彦は首を横に振る。

「Sはサドであって奴隷。Mはマゾであって主人」

 主従の逆転に、頭が混乱する。奴隷が主人を殴るなんて、許される話ではない。有史以来、奴隷の反乱はすべて、死を覚悟の上で決行されるものであった。

 歴史上の事実を突きつけると、幹也は鼻で笑った。自分たちがやっているのは、歴史の再現ではなくて、ただのロールプレイだ。

「Sが制御せずに、M奴隷を痛めつけたらどうなります? 最終的には死にますよね?」

 俺は三流の社会派ミステリの主人公にはなりたくないんです。

 そう言って、だいぶ身体が楽になったのか、幹也は身体を起こした。バスローブを肩から羽織るが、尻はまだ擦れると痛むらしく、眉根を寄せる。彼は書斎に向かい、すぐに戻ってきた。

「だから、雪彦さんなんですよ」

「俺?」

 手を出して、と言われて素直に出すと、ぽとりとその中に鍵が落ちてくる。幹也がこのマンションに入るときに使うのと同じ物だとすぐに気づき、雪彦はぎょっと目を瞠った。

「力は強い。でも加減ができる。あのとき、俺のことを見捨てることだってできたのに、しなかった優しさ。あなたなら、俺の願いを聞いて、いたぶってくれる。死んだり、怪我をしたりしないように」

 その顔で、Sっ気のカケラもないのは誤算でしたけれど、と、幹也は舌を出した。子供っぽい仕草のはずなのに、なぜか雪彦の頭の奥は痺れていく。

「だから、俺はあなたをずっと探していた。用事もないのに、あの辺うろついたりして。受験勉強が忙しくなって、途中でやめちゃったけど」

 それは、一目惚れとどう違うのか。熱烈な告白を聞いている気分だった。頬に熱が集中するのを感じる。

「それで、この鍵はいったいどういう関係が?」

「ご主人様には、すべて管理されたいものなんですよ、M奴隷は」

 食事も睡眠も排泄も、当然性欲も。

 けれどそこまで雪彦に求めることはできない。真性のSではない雪彦には荷が重い。

 だからせめて、家の鍵を。

「好きなときに来てください。勉強したり、本を読んだり。家に帰るのが嫌になったときに使ってくれても構いません。たまにでいいから、俺のことを虐めてくれたら、それでいいです」

 彼の言葉が真実かどうか、雪彦は見極めようと凝視した。しかし、本気のようにも感じるし、何か他の理由があるような気もした。

 とにかく今、雪彦がわかっていることは、彼にこの鍵を突き返すことができない、その一点のみであった。

17話

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