重低音で恋にオトして(5)

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4話

「響一、こっちこっち!」

 SNSでの癖で、「キョウ」と呼びかけそうになって、一度飲み込んだ。所在なさげにしている響一に、手をひらひらと振る。

「敬士くん。お待たせしました」

 あからさまにホッとした表情を見せる彼に、敬士はにんまりと笑った。

 お喋りの練習といっても、いきなりフリートークは厳しい。敬士の方も、憧れのキョウを前にして、「さあ雑談してごらんなさい」と言われれば、会話を弾ませなければだとか、気に入られたいとか、雑念が邪魔をして、まともに話せる自信はない。

 なので、練習ついでに響一から、英語や数学を教えてもらうことにした。響一自身、その方が気楽だと肩の力を抜いた。

 経済学部の敬士よりも、医学部の響一の方が忙しいのは明らかだったので、彼の都合に最大限合わせることになった。

 なんならそっちの大学まで行く! と言ったところで、響一が実は、同じ大学に通っていることが判明した。医学部の校舎はキャンパスの外れにあるので、近づく機会はなかった。

 あ、でも学食ですれ違ったことはあるかもね!

 度重なる偶然に興奮した敬士に、響一は首を縮め、「俺、ぼっちだから、学食はまだ一回も行ったことがない……」と悲しそうに告白した。

 友人と一緒でなければ学食を利用してはならないという規則はない。ひとりで飯を食い、さっさと退出する学生も多い。それでも、グループでやってきては大テーブルを占領する輩が多いのは事実で、響一はそうした陽の者の気にあてられ、圧倒されてしまうため、これまで学食を利用したことはなかった。

「じゃあ、オレと一緒なら学食行けるじゃん!」

 同学年、年齢はふたつ年上ということもあり、敬士は響一に対して、できる限りタメ口で話すことに決めた。こちらが緊張していては、練習にならないからだ。

 とはいえ、やはり相手は憧れの配信者。咄嗟にかしこまった言動を取ってしまうことはある。その度に敬士は、普通よりも一層おどけてみせるのだった。

「この間のところ、わかりました?」

 自分なんかよりもずっと優秀な響一は、ただ年上だという理由だけで敬意を表してくれる。

 何度か「タメ口でいいよ」と言ってはみたものの、彼にとっては敬語の方がリラックスできる様子だったので、無理強いはしない。いつか慣れてくれたらいいな、とは思う。

「うん。頑張って訳してみたから、見てくれよ」

 たまたま第二外国語もドイツ語でかぶっていたので、ありがたく教えてもらっていた。英語ですら、受験が終わってすぐに頭から抜けていったのに、初めて触れるドイツ語はちんぷんかんぷんだ。

 教科書の初歩的な一文すら訳すことができず、夏学期のテストの結果によっては、二浪した上、さらに留年してしまう可能性もある。危機感を覚えていたが、勉強が得意ではないので、何をどうすればいいのか、まるでわからなかった。

「……ここは時制が過去形なので。あとはこっち、これ女性名詞だから格変化、違います」

「ん? ああ! マジだ!」

 響一だって、大学に入学してから初めてドイツ語に触れたはずなのに、ど素人でしかない敬士に教えられるくらいには、習得していた。

 自分のノート(自慢じゃないが、敬士は字が汚い)に書きつけられる彼の字は丁寧で整っていて、帰ってからすぐに開いて眺めたくなる。そのおかげで、勉強する習慣を徐々に取り戻していた。

 響一は、根気よく敬士に付き合ってくれた。辞書を引くクセをつけた方がいいと、電子辞書を貸してくれた。相変わらず、小テストの結果はよくないが、この調子なら、期末試験は乗り越えられるかもしれない。

「それで、ここがこうなって……敬士くん?」

 文法の解説は、音声ドラマとは違う。当然素のままの声で、特別な感情は籠められていない。それでも響一の声は、敬士にとっては憧れの人のもので、気を抜くと、つい聞き惚れてぼんやりしてしまう。

 我に返った敬士は、「ごめんごめん」と、へらへらした。

「集中力が切れたなら、一回休憩しますか?」

 親切心からの提案だろうが、敬士は首を横に振った。

 忙しい響一の時間は限られている。理解するのに何度も同じことを繰り返さなければならないのは仕方がないが、それ以外で彼の手を煩わせるわけにはいかない。

「よーし、やるぞ!」

 気を取り直して、前髪をヘアクリップでまとめ、しっかりと聞く態勢をつくった。

 しかし、邪魔は意外なところから入った。

6話

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