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<14話
自分の気持ちを恋だと認めた千隼の行動は、迅速だった。
再度幹男に連絡を取り、自分の感情を恋だと認めたうえで、改めて相談に乗ってもらった。具体的な方法を一緒に考えてくれる幹男の存在は、頼もしかった。
九鬼とセフレ関係になってから、普通の恋愛というものをしていなかったため、どうすればいいのかわからなかった。デートのひとつもしたことがないと言うと、幹男は心底呆れていた。
『セックスしかすることないの?』
その通りです、とは言えずに千隼は沈黙した。
そのセックスですら、九鬼からのお泊まりメール待ちだった。自分からメッセージを送らなかったのは、ガツガツした性欲の塊だと思われたくない、という妙な羞じらいからだった。
幹男には、当然叱られた。
『何をカッコつけてるの!』
まったくもってその通りである。千隼は反省し、自分からメッセージを送信することにした。
他愛のない話は、既読スルーされる可能性が高い。直接会ったときすら、雑談を楽しむことのない男である。トークアプリでも、意味のないやりとりを楽しむことはない。
なので、こちらから送る最初のメッセージはこれだ。
『たまには外で飯でも食わない?』
これならYES・NOの返事に加えて、日時の相談や場所についても何度もやりとりをすることができる。一往復で終わっていたやりとりが、続くようになる。
長い付き合いなのに、家で一緒に食事をする機会もなく、彼の好きな食べ物のことも、よく知らなかった。
九鬼の方は、千隼の些細な好みについても覚えていて、わざわざ遠回りしてスイーツを買ってきてくれたというのに。
結局自分は、嫌だと言いつつも、姫扱いされることに慣れきっていたのだ。周りがすべてお膳立てしてくれて、最後に乗っかるだけでよかった。
九鬼との付き合いを進展させるためには、そんな受け身では駄目だ。自分から積極的に、アプローチしなければ。
「待たせた」
予約した店の前、スマートフォン片手にやってきた九鬼は、スーツ姿だ。
勤め先はビジネスカジュアルで構わないらしいが、根はオタクが抜けていない彼は、ファッションに興味がない。選ぶのが面倒だからと、クールビズが始まるまでは、毎日スーツで出勤している。
さりげないブランドロゴのTシャツに、あえてラフなデニムを合わせた千隼の格好とは、真逆である。
「この店、唐揚げが名物なんだってさ」
九鬼が好きだと言っていたから、懸命に探した。歴代恋人は、こんなに苦労して、デート場所を見つけていたのかと、改めて気がついた。
予約したのは個人経営の居酒屋だ。繁華街から一本裏に入ったところにあるこじんまりとした店舗は、羽目を外した学生もおらず、落ち着いて話ができそうだった。
席につくと、冷たいおしぼりを手渡される。眼鏡を外して眉間を揉み込んだあとで、九鬼はためらわずに顔を拭いた。
オッサンくさい仕草なのに、なぜかそれが様になっていた。少しだけ乱れた髪を撫でつけ、眼鏡をかけ直すところまで、千隼は動きを止めて見守っていた。
「どうした」
低い声で問われて、「なんでもないよ」と千隼は答え、自分もごしごしとおしぼりで顔を拭いた。さっぱりしたところで、適当にオーダーをしていく。
>16話
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