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<6話
日高を泊まらせていたのは、なんと早見の寝室であった。
もっと早くに言ってくれ!
日高は何度も頭を下げた。まさか、家主がリビングのソファで毎日寝起きしていたなんて、思いもよらない。
これから日高が生活するにあたって、改めて貸し与えられたのは、書庫であった。
厭世家の気質がある早見は、家に客間が不要だと判断し、つぶしてしまった。実際、誰かが泊まりにきたことはなく、これまで不都合はなかった。
急遽搬入されたソファベッドの他には、小さなチェスト。そして壁一面に並んだ本棚には、ぎゅうぎゅうに書籍が詰まっている。
ちらりと一瞥した部屋の隅には、段ボールがいくつも放置されていて、整理整頓が追いついていないのは明らかだった。
好きに読んでもらって構わない。
早見の言葉に頷いたものの、日高は読書が好きではない。日々を生きるのに精一杯で、趣味らしい趣味がそもそもなかった人間が、暇になったからって、真っ先に本に手が伸びるはずもなかった。
背の高さも厚さもいろいろな本の壁に圧倒される。
この人は、本当に全部読んだのだろうか。
何がどこにあるのかを説明している早見の顔を見上げた。
「どうした。何か質問か?」
日高は首を横に振る。生活に関する疑問ではないので、口を噤んだ。いつか、もっと打ち解けたときには尋ねてみようと思った。
早見が日高に課した居候のルールは、たったの二つだった。
一つ。ひとりで外に出ないこと。
二つ。来客時は必ず、自室に鍵をかけて、姿を見せないこと。
それさえ守れば、家の中のものは自由にしていい。冷蔵庫の中のものも勝手に飲んだり食べたりしていい。欲しいものは言ってくれれば、なんでも、とは言わないが極力用意する。
そんな風に言われて、日高は頷きかけて、首を捻った。
一つめのルールに関しては、納得できる。
湖というわかりやすいランドマークはあるものの、あくまでも山だ。迷子は遭難事故に直結する。世界を超えて迷子になっているようなものなのに、これ以上さまようわけにはいかない。
引っかかったのは、二つめのルールである。
人里離れた場所とはいえ、人は定期的に訪ねてくる。様々な家事を引き受けてくれる家政婦もそうだし、買い物のほとんどすべてを通販で済ませるため、宅配業者も週に一回、二回と姿を見せる。
早見の知人、友人に姿を見せるなというのならわかる。からかいや詮索を、この男は嫌うだろう。関係を尋ねられても、なんと説明したらいいかわからないことだし。
だが、荷物の受け取りくらいなら、自分でもできる。
そう主張した日高に、早見は一瞬、言葉に詰まった様子を見せた。
「早見さんだって、出かけたりするでしょう? 留守番くらいできますよ。子どもじゃないんですから」
早見は少し考えた末に、一冊の本を手に取った。黒に黄色の警戒色、フリーハンドで描かれた縞模様。日高の目を引いたのは、目に痛い色柄ではなく、箔押しされた作者の名前だった。
「早見岳……って」
本と早見の顔を交互に見やる。彼の顔は、鼻高々といった様子ではなく、淡々として、普通の顔だった。
「小説家なの!?」
素っ頓狂に叫ぶと、早見は小さく声をあげて笑った。
>8話
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