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<7話
よく本棚を見れば、雑然と突っ込んであるだけかと思った本の一部は、早見岳の名を冠した著作が並んでいる。
そう簡単に、なろうと思ってなれる職業ではない。もしも自分が小説家だったら、もっと自慢する。
これ見よがしに表紙を出して飾っておくし、たくさんストックしておいて、欲しいと言われる前からサインを書いて手渡せるようにしておく。
「君のいた世界に、俺と同じ名前の作家はいなかったか?」
「うーん。ごめんなさい。俺、あんまり小説とか興味なくて」
無教養な馬鹿だと思われただろうか。学校の教科書に載っていた短編ですら、読んでいる最中に眠くなってしまったほどだ。
馬鹿正直な日高の告白に、早見は気を悪くした様子はなかった。
「まあ、あちらの俺は小説家じゃないかもしれないからな」
早見は日高に、持っていた本を手渡した。
「この本は、パラレルワールドを扱った話だから、読んでみるといい」
勧められて、「う」とも「あ」ともつかない返事をして、日高はにへら、と笑った。果たしてこの分厚さを読みきれるかというと、自信はまるでなかった。
「……って、今は早見さんのお仕事を知りたいんじゃなくて、俺が留守番すらさせてもらえない理由なんですけど」
「それが、おおいに関係があるんだ」
小説家としての早見は、かなりの売れっ子だ。二十代後半という若さで、自分の城を構え、稼ぎの一部を運用する以外、労働していない。大きな本棚の二段分を占める冊数を出版できているのが、その証拠である。
「家政婦さんも、うちに荷物を運んでくれる配送員も、実は俺のファンなんだ。本名でやっているもんだから、すぐに作家だとバレてしまってね」
個人情報を漏洩するような人物ではないが、滅多にメディアに姿を見せない小説家と言葉を交わすことを、楽しみにしている。
「そんな彼らに、君のように見目のいい少年と暮らしていることがばれてみろ」
「えっ」
見目がいい、とは初めて言われた言葉だった。
もちろん、アルファの支配欲や庇護欲を駆り立てるべく、オメガは美しい容姿のことが多い。
が、親に見放され、生きていくのに精一杯だった日高は、愛されるために丹念にケアをしてきた他のオメガの身体と違い、あちこちボロボロだ。
特に指先や唇はガサガサに荒れていて、油断するとすぐに血が滲む。髪も先端になるに従って水分を失い、不規則に跳ねてしまうのが悩みだ。
美しさは元々の造形よりも、日々の生活やストレスによって、大きく加点も減点もされるものであるということを、日高は身をもって、思い知っていた。
早見は日高の反応が意外そうだった。怪訝そうな顔で日高を覗き込み、まじまじと観察する。視線を逸らそうとしたが、目が離せなかった。
美しいというのなら、目の前の男の方だ。山奥のコテージに引きこもっているのがもったいない、すこぶる美男である。
街を歩いていれば、すれ違う人々の目を引くに違いない。険のある目が玉に瑕とはいうものの、それさえも早見岳を形づくる要素のひとつであると思えば、好ましくも見えてくる。
「君は誰がどう見ても、美少年だろう。素直そうな、いい目をしている」
「そんな、こと」
自分の顔の中で一番嫌いなパーツを褒められて、日高はきまり悪く、俯いた。照れていると判断したのか、早見は「とにかく」と、日高に来客対応を任せない理由に話を戻した。
「君は目立つ。俺と一緒に暮らしていると気づかれれば、いらぬ詮索を受ける。そういうのが嫌で引きこもっているんだ。人の口には戸を立てられない」
ならば最初から、日高の存在を隠し通すのが得策である。
言葉を何度か変えて説得を受け、日高は不承不承頷いた。頑なな早見には、何を言っても無駄だろう。折を見て、もう一度打診すればいい。
早見は日高が了承したのを見て、肩の力を抜いた。
「それじゃあ俺は、仕事をしているから。何かあれば、ドアをノックしてくれ」
出て行く彼を見送って、日高は本の壁を再び見上げ、小さく息を吐いた。
>9話
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