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<15話
ただのニートだった飛天が、毎日外に出るようになった。両親は――特に母は泣いて喜び、妹は「明日は雨?」と言い出す始末だった。
「梅雨入りしたから毎日雨だろ」
ここ最近は、コミュニケーション能力もずいぶん回復してきたようで、妹に言い返せるようになってきた。
「じゃあ槍でも降るんでしょ」
だが水魚は、さらりと受け流す。戦っていると思っていたのは自分の方だけらしい。
「……行ってきます」
これ以上話をしていても、決して妹には勝てない。女の方が口が達者なものらしいので、諦めた。
飛天はウェアとシューズを入れたリュックを背負い、家を出る。水魚に言ったとおり、今日も雨だ。傘を差して、向かうは隣駅にある公営ジムだった。
公営ジムには専属トレーナーがいない分、安価で利用できる。ニート生活が長かった飛天にとっては、料金面もありがたかったが、何よりも人目を避けることができるので、利用している。
一般のジムだと、最近は女性にも筋トレが流行っているようで、若い女性に出くわす確率が高い。その点、平日の午前中の公営ジムは、老人のたまり場だ。誰も飛天のことを気にしていない。
一応、マスクと眼鏡はしたままなのだが、筋肉と対話をするのに忙しい人々にとっては、飛天の顔などどうでもいい。そんな空間に、ホッと安心するのだった。
隔日でジムに通い、マシンを使ってトレーニングをする。それが終わったら、三十分間のトレッドミルを使用してのランニング。筋肉と敏捷性のバランスが大切だ。
『私の中では、ヒーローです』
その言葉を思い出すと、飛天は胸が熱くなる。ジム通いを始めたのは、ヒーロー役をするときには、最高の身体でありたいと思ったからだった。
飛天のことを厳しく指導してくれる――シゴキ、ともいう――高岩先輩は、悔しいけれど、Tシャツの上からでもわかるくらい、格好いい肉体を誇っている。
ぴったりしたスーツがフィットして、特撮素人の飛天の目から見ても、見映えがする。
対する飛天はといえば、中肉中背、やや筋肉質寄りの身体。だが、メリハリはあまりない。腹筋も割れていない。
高岩は、バッキバキの見事な腹筋の持ち主だ。飛天のへなちょこパンチなど、「ふんっ!」と腹筋の力ひとつで弾き飛ばせそうなほど。
負けるもんか、とトレーニングを始めたのはまだ最近なので、結果は出ていない。もっとも、ヒーローの座を奪い取るのもまだ先の話になりそうなので、焦っても仕方がない。
トレーニングを終えて、シャワーを浴びる。しっかりクールダウンをしてから、飛天は着替えて次の場所に向かう。
電車に乗って二十分あまり。飛天がやってきたのは、バイト先の会社が借りている、倉庫兼練習場だ。
「おう。今日も来たのか」
「っす」
スーツアクターのほとんどは、飛天と同じアルバイトだが、高岩だけは社員である。事務仕事はそこそこに、彼の主な仕事は実際のショーに出演することと、総合的な演出。あとは飛天のような新人の練習に付き合うことである。
「給料も出ないのに、よく来るなあ」
時給が発生するのは、決められた曜日の全体会議や練習と、実際のショー出演や手伝いの日だけだ。飛天の勤務は、最大でも週三回。しかも、ショーに出るほどの力はまだないので、会場整備などの手伝いしかしていない。
なので、今日のように個人で練習をするのは、無給である。それでも毎日のように通い詰めている。
「やっぱ愛の力って奴?」
飛天は生意気にも、大先輩である高岩を睨みつけた。
あの日、どうしてもアクション練習をしているところを見てもらって、映理に本気だと感じてもらいたかった。
だから高岩に協力を依頼したのだが、そのせいで今、からかわれる羽目になっている。
飛天は着ていたパーカーを脱いだ。身体を揺らし、ファイティングポーズを取る。
「早くやりましょうよ」
どこの戦闘狂かというセリフに、高岩は飛天の頭を小突いた。いや、力いっぱいどついた。
「馬鹿野郎! 準備体操からだろうが!」
ヒーローショーのアクターには、常に怪我の危険性が付きまとう。高岩が自ら率先してストレッチを始めたので、飛天は痛む頭を摩りながら、それに続いた。
>17話
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