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<24話
夏休みが終わるまでに、私は哲宏と仲直りをすることがなかった。
風子の宿題の手伝いも、私だけが風子の家に行き、自分の家に呼ばなかった。哲宏と私の間に何があったのか、風子は何も気づいていない。
哲宏も哲宏だ。
綾斗が見知らぬ漫画を読んでいたから聞いてみたら、「哲宏兄ちゃんに借りた」だって。どうやら、私のいない時間を見計らって、訪ねてくるらしい。
弟は幼いから、風子と同じく何の違和感も覚えていないけれど、凜莉花は違う。
「哲兄と何かあったの?」
と、冷めた目つきで問われ、思わず朝食を口に運ぶ手が止まった。平静を装って、「別に」と言っても、凜莉花は何か言いたそうな顔をしていた。だから、言ってやった。
「何かあったとして、凜莉花に関係ある?」
って。
凜莉花は箸をぐっと握り、私を睨みつけてきた。相手をしないのが一番だ。本当、我が妹のことながら、凜莉花のことはわからない。普段は他人のように過ごしているくせに、時にこうして突っかかってくるのだ。
そうこうしているうちに、九月になり、学校が始まった。休みが終わっても、校内がそわそわと落ち着かないのは、文化祭に向けての準備が同時に始まったからだ。
十月の半ばにある文化祭は、高校生活の一大イベント。中学のときとは違い、もっとスケールの大きなことができるとはしゃぐクラスメイトを横目に、私はどうやって風子から、チケットを取り上げるかを考えていた。
歴史の古い女子校は、保守的だ。文化祭という、誰しもが羽目を外しがちなイベントで、問題が起きることを極端に嫌う。
そのため、百合が原女子高校の文化祭は、チケット制が採用されている。一般公開は日曜日だけ。担任教師のハンコが押された入場券なしでは、門前払いを食らう。
チケットは生徒に、同居家族分プラス一枚、配布される。学校側からは追加されない。なので、家族以外に招待したい人間が複数いる場合は、生徒同士、個人の間での交渉になる。
家族全員は来ないよ、という子もいる。外部の知り合いを呼ぶつもりはないという子も。
そういう子を上手く見つけ出して擦り寄っていけば、プラチナチケットとなっている文化祭の入場券を、余分に複数枚ゲットできるという寸法だった。
数年前には、集めたチケットを高額で売りさばいた生徒が出てきて、問題となったらしい。その生徒は停学からの自主退学を促されたし、文化祭は中止となった。
それでもチケット制を改めないのは、何が何でも文化祭当日に風紀が乱れた事件を起こしたくないのだろう。
ということで、私の手元にもチケットが五枚ある。クラスの中でも、スカート丈をいじったり、こっそりピアスを開けたりして弾けている子に、「いらないなら譲ってほしいな」と言われたが、保留にしている。
まあ、私の分のチケットの行方はどうだっていいのだ。最終的に余らせるのももったいないし、彼女に譲ってあげたっていい。
問題は風子の持っているチケットだ。
家族分の二枚は、祖父母が利用するだろう。騒がしいところはちょっと、と言いつつも、彼らは風子に甘いし、彼女の学校生活の一端を知ることができる、よい機会だからだ。
残りの一枚を、風子はどうするつもりなんだろう。
こちらから「どうするの?」と話を振るのは、やぶ蛇になりそうだった。あの金髪男を呼ぶと言われたら、目も当てられない。かといって放置しておいても、結果は同じ。
早いところ、風子の手からチケットを取り上げないと。
誰か、風子が呼んでもおかしくない知人・友人はいないだろうか。小学校や中学校のことを思い出しても、風子の隣にいたのは私だけ。親しく付き合っていた人間はいない。
「あ」
そうだ。ケンカしたあと、ギクシャクしているけれど、哲宏がいるじゃない。
あれだけ夏休みに世話になったんだから、呼びたくないとは言わせない。ののちゃんのチケットは? と聞かれても、どうでともごまかせる。
よし、この作戦でいこう。
チケットを渡すのは私からだし、ついでに哲宏と仲直りできるかも。
お弁当をさっさと片付けて、私は一階に向かう。
風子は教室で、ひとりぽつんとお弁当を食べていた。私が声をかけると、嬉しそうに食事を中止して、駆け寄ってくる。
「フーコ、文化祭のチケット余ってるよね?」
「あ、うん。でも」
身振りつきで遮った。彼女の言葉の続きは推測できるが、私の方が弁が立つ。わかった、と頷かせれば勝ちだ。
「そのチケットでさ、哲宏のこと誘ってあげようと思うんだけど」
「哲宏くん?」
「そう。夏休みにあいつに世話になったでしょ? だからそのお礼に誘ってあげてほしいんだ」
風子は少し、考える素振りを見せた。私の手持ちチケットのことが気になっているのだろう。先手を打って、「私のは、受験を考えているいとこに渡しちゃったんだよね」と言った。
中学生のいとこがいるのは、嘘じゃない。本人は、「女子校なんて死んでもいきたくない」と主張しているから、絶対うちの学校は受けないけど。
「私、フーコ以外に頼める人いなくって」
これは本当。チケットのおねだりができるような友人、クラスにはいない。
眉を下げて懇願すれば、風子はにっこりと笑った。ばっちり言いくるめられたようだ。
「わかった」
「じゃあ、私から哲宏に渡すから、フーコはチケットに名前、書いといてね。あと夏のお礼の手紙」
「? うん」
風子は知らないようだが、チケットに自分の名前を書いて男子に渡すのは、「文化祭で一緒にデートしましょう」というお誘いなのだ。
市内の男子高校生には出回っている話。当然、哲宏も知っているはず。
風子の名前を書いたチケットを受け取って、哲宏はどんな反応をするだろう。ちょっとは意識するだろうか。少し楽しみだった。
「じゃあ、あとで取りに来るから」
今日から午後の授業をつぶして、文化祭の準備がスタートする。クラスの出し物だけじゃなく、部活で何かする人はそちらにも奔走するため、ずっと教室にいなくてはならない、というわけではない。簡単に抜け出して、風子の元に来るのは可能だ。
「わかった。これから書くね」
手をひらひらと振る風子に微笑み返す帰り際、彼女の周囲にも視界が広がると、クラスメイトたちがこちらを見ているのに気づいた。
なんとも言えない、嫌な顔をしている。なかには、私を睨みつけているような子すらいる。
私、何かしたっけ?
春の一件以来、あまり好かれていないのは知っているけれど、でもそれは、風子のクラスの一部の子とのトラブルだ。こんな風に、全員に注視される覚えはない。
なんか、気持ち悪いな。
首を傾げていると、昼休み終了のチャイムが鳴った。
>26話
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