ごえんのお返しでございます【34】

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ごえんのお返しでございます

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 店には、二日続けて客がやってきた。日がな一日店を開けていても客が来ることはほとんどないのだから、これは快挙である。糸なんて、そんなに大量に買うものでもない。手芸趣味の人であっても、頻繁に買い替えることがない品だ。

 普通のお客さんなら大歓迎だが、今日の客は、僕にとっては招かれざる客だ。

「おい。なんでてめぇがここにいるんだよ」

 マダムたちが少女に戻ってリボンをきゃっきゃと選ぶような店に、似つかわしくないドスの利いた低い声。思わず肩を縮こまらせてしまう。

 なんで、こんなところに。

 危うく口にしかけて、ひっこめた。そう、相手はサッカー部の渡瀬大夢である。同い年とはとても思えない風貌に、すっかり怯えてしまう。

 夏休みになって、より一層日焼けをしたせいもあるだろうが、何よりも、髪が黒と金のツートンカラーになっていたせいで、高校生には間違っても見えない。

 長期休暇は誰もが羽目を外しがちだ。終業式前には浮かれて、ピアスを開けるだの美容院でインナーカラーを入れるだの、女子たちがこそこそと、楽しい計画を立てているのも聞いていた。

 女子生徒ほどではないが、男子生徒だって、ツーブロックにするとかなんとか。校則はゆるめとはいえ、さすがに苦言を呈されるレベルの髪型に挑戦しようという同級生は多かった。

 だが、渡瀬はサッカー部員だ。来年、再来年にはエースとして試合を任されるような、才能にあふれた選手である。

 いくらサッカー部が陽キャの集団で、野球部に比べゆるいとはいえ、こんな頭で部活に行って、怒られないものだろうか。スポーツマンシップにのっとっているとは思えなかった。

 僕の視線は彼の頭髪に釘づけになったまま。不機嫌そうに鼻を鳴らした彼に、慌てて、「ぼ、僕はここでバイトをしてて……」と、早口に言う。

「バイトぉ?」

 店を見回す渡瀬。小さな店内に、客は他に誰もいない。おまけに僕の手元には、途中のコンビニで買った、最新号のジャンプ。

 怪しまれているな。

 とっさに「何か探してるなら、僕が持ってくるけれど」と言った。

 本音を言えば、こんな店とはさっさとおさらばしたいのだろう。普通の糸だけじゃなくて、キラキラしたリボンもあるから、落ち着かないに違いない。

 八月に入ってからは、季節を先取りして毛糸も置き始めていた。一応、糸子にも商売っ気があったんだなあ、と感心したものだった。

 渡瀬はえらそうに、僕に命令をした。

「赤い糸、なんでもいいからよこせ」

 まじまじと彼の顔を見た。

 赤い糸、だって?

 信じられない思いで、目をパチパチとさせた僕に苛立ちを募らせて、彼は「いいからもってこい!」と、怒鳴りつけた。びっくりして、僕は急いで彼のご所望の糸を引き出しから出した。

「これでいい?」

 奪い取るように彼はカウンターまで持って行った。そして一瞬、糸子に呆けるような視線を送ったかと思うと、すぐに小銭をトレーに投げつけた。

 しっかりと、五円のお釣りが出るように。

「ごえんのお返しでございます」

 にぃ、と笑った糸子から視線を外し、渡瀬は再び僕に向き直った。

「おい」

「なに?」

「お前、俺がここに来たことを絶対に言うなよ。言ったらどうなるか、わかってんだろうな?」

 と、脅迫の文句を吐く。思わず最悪の事態を想像してしまった。

「い、言わないよ」

 命の危険を感じて、僕は愛想笑いを浮かべた。じろじろと探るように睨まれて、身が竦む。盛大な舌打ちを置き土産に、渡瀬は出て行った。

 あ、忠告をするのを忘れていた。僕がいるときに赤や白の糸を買った客には、あまり思い詰めないように、話をしているのに。

 ……まぁ、しょうがないか。新学期になったら、すぐにでも。うん、機会があれば。

 もちろん、気が進まなかった。向こうから来られるのも嫌なのに、自分から絡みに行きたくない。

 それでも僕は、どれだけ嫌な奴であっても、妄執に囚われて、破滅するところは見たくなかった。

 気を取り直してジャンプを読破し、それから図書館で本を借りてきて、再びの糸屋。

 珍客は、ひとりでは終わらなかった。

「いらっしゃいませ……」

 げ、と言わなかった自分自身を褒めたい。渡瀬だけでも厄日だったのに、どうして同じ日に来るのか。仲良しか。

 いや、本当に仲良しであれば、渡瀬と一緒に来店するか。

 二人目の招かれざる客は、青山甲斐だった。美希の死の責任をなぜか僕に覆いかぶせて、糾弾してくる筆頭だ。

 僕を認識すると、彼は鼻で笑った。

「君、こんなところで何をしているんだ?」

「何って……バイト」

「バイトねぇ……」

 ああ、やっぱりつるむ人間同士って、どこか似てくるのだ。いいところが似ればいいのに、往々にして、悪いところばかりが共通する。

 渡瀬と同様、バイトを募集する規模の店ではないこと、僕の姿かたちがバイトの従業員とは思えないことを、小馬鹿にしてくる。

 午前中の渡瀬とのやりとりは消耗したが、同時に経験値を与えてもくれていた。暴力的な言動に訴えがちな渡瀬よりは、目の前にいる青山は賢い分、自分の世間体を気にするタイプだ。激高して思わず手が出る、ということもないはず。

 僕は少々投げやりな態度で、「それで、何を探しているんですか?」と、店員らしく対応してやった。

 突然、同級生ではなく客という立場を与えられた青山は、一瞬怯んだあとで、ごにょごにょと何事かを言った。

「はい? もう一度言っていただけます?」

 我ながら嫌みっぽい言い方だ。しかも、実際はちゃんと聞こえている。小さな仕返しである。

 青山は、さきほどよりはっきりと要望を伝えてくる。

「赤い糸を探している」

 頬も額も赤黒く染まっているのは、僕への苛立ちゆえ。あと、恋のおまじないなんて非科学的なものに頼ろうとしている自分自身への照れもある。

 僕は渡瀬にも見せた、ごくごく普通の赤い糸を青山にも渡す。実は他にも赤い糸はあるのだが、それは手芸にこだわる人向けで、おまじないに使うものは、一番安いのを差し出している。

 どうせ質は関係ない。大事なのは色と、五円のおつりをもらうこと。

 彼は僕の手から糸を奪い取り、むっつりとした表情でカウンターへと持って行った。

「ごえんのお返しでございます」

 糸子もこの数日で三回もお決まりのセリフを言うことになるとは思っていなかっただろうが、彼女の顔からは、ありとあらゆる感情が抜け落ちていて、何を思っているのか全然読めない。

 眼鏡の青山は、糸子の顔に目を留めない。すぐにでも出ていきたいのだろう。釣銭と糸を素早く受け取り、彼は店を出ていく前に、僕の方を見た。

「糸はきっかけにしかならないよ。あまり頼りすぎないように」

 よし。今度は忘れずに忠告できた。

 ついでだから渡瀬にも伝えておいてほしいな、と口を開きかけたところで、Tシャツの襟首を、ぐいっと持ち上げられる。苦しみに呻く僕を、青山は眼鏡の奥からギラギラと睨みつけた。

 秀才は理性的だと言ったのは誰だ。とんだ勘違いじゃないか。渡瀬以上に喧嘩っ早い。

「絶対に、この店に来たことを誰にも言うんじゃないぞ」

 類は友を呼ぶ。どすの利いた声。ふたりとも、赤い糸を買い求めに来たことを誰にも知られたくないらしい。

 首を絞められた僕は、どうにかかすかに頷くことで、許してもらえた。

 青山はもうひと睨みすると、ようやく店を出て行ってくれた。安堵の溜息をついた拍子に、むせた。

 傲慢な態度で他人を傷つけてまで、好きな人と結ばれたいものなのか、僕には理解できない。渚のことは応援したいけれど、渡瀬と青山については、関わりたくない。

 というか、そもそもあのふたりは、誰と縁を繋ぎたいのだろう。

「縁」というのは別に、恋愛関係だけじゃない。友情でも家族でも、とにかく今は離れていたり、特別ではない間柄の人と、もっと親しくなりたいという気持ちから、赤い糸を購入するものだ。

 脅しつけてまでここで赤い糸を買ったことを秘密にしたいくらいだから、やっぱり恋愛方面なのだろうな。

 てっきり彼らは、美希のことを好いていたと思っていた。競うように女王様の寵愛を受けるためにあれこれと画策し、他の人間を近づけないように番犬化していたのは、ついこの間の話のような気がする。

 好きな相手が死んでしまったからって、そんな簡単に、次の相手にいけるものなのだろうか。

 僕には恋愛というものが、さっぱりわからない。今までもわからなかったけれど、糸屋に関わるようになってからは、より一層。

 僕以外の人たちは、本当にわかっていて恋をしているのかどうか、不審だった。

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