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<27話
『これから行くけど、なんか欲しいもんあるか?』
スーパーに立ち寄る前に送信したメッセージに、返事はなかった。既読すらつかない。
まさか本当に、倒れているんじゃないだろうな。
体調が悪いのなら、消化のいいものがいいだろうか。調理スキルに自信がないので、レトルト粥に手を伸ばしたが、ふと初対面のときのことを思い出した。
あいつ、あんときバクバク普通に食ってたよな。
たった三つしか変わらないのに元気な胃袋の持ち主である。唐揚げが好きだと言っていたから、買っていってやろうと惣菜コーナーへ足を運んだ。
急いでスーパーでの買い物を済ませ、運転前に再びスマホを見るが、やはり何の反応もなかった。溜息ひとつ、これから行く旨を送信して、涼はエンジンをかけた。
もはや通い慣れた道だった。駅の反対側の住宅街を抜け、ひとつだけ馬鹿みたいに広い敷地を持つ邸宅。門構えに緊張した初見時がもはや懐かしい。
最寄りの駐車場に車を止め、スーパーの袋と助手席に鎮座していた包みを抱える。香貴といえばやっぱり、バラの花だろう。母は「迷惑になるんじゃないの」と言ったが、涼は頑として譲らなかった。
とはいえ、バラのシーズンである初夏。売れ残ったのは廃棄するか悩むレベルのものばかりだった。その中でもマシなものを選別して、花束というにはささやかすぎるバラをそっと包み、持参した。
そろそろクランクインともなれば、なかなか世話もできないだろうし、一日でも彼の目を楽しませてくれればそれでいい。
気がはやり、いつもよりも大きな歩幅で香貴の家に向かう涼の足を止めたのは、門の前にいる知らない女性であった。
知らない、というと語弊がある。見覚えはあった。ヒロインよりも実は、敵役の方が合っているのではないかと思われる、目元のきつい美女。香貴が主演を務めた舞台で、相手役を演じていた女性だ。
彼女はイライラしながらスマホを見て、それから何度もインターフォンを鳴らす。どちらにも応答はなく、余計に彼女を苛立たせている。
>29話
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