高嶺のガワオタ(45)

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ライト文芸

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<44話

 飛天が高岩が講師を務める養成所に通いだして二ヶ月弱が過ぎた、六月頭。

 飛天は空港にいた。

「わざわざ見送りに来てくれて、ありがとうございます」

 にっこりと微笑んだ映理の傍らには、機内持ち込みサイズぎりぎりのスーツケースがある。もっと大きなのもあったのだが、それはすでに預け終わっていた。

 彼女の髪はロングからショートボブに代わり、耳にはイヤリングが揺れ、梅雨入り前の初夏の季節にふさわしい爽やかさだった。

『私が社長になります』

 あの日語った映理の夢。経営者にふさわしい夫を迎え、それを支えるのではなく、自分が大企業のトップに座ることを選んだ。

『東丸物産にも、女性社員はたくさんいます。でも、管理職はゼロ。この状態で、これからの社会を渡っていけるとは思えません』

 家や会社のための結婚など、前時代の遺物にもほどがある。

 映理はそう言って笑ったが、目には静かな怒りと決意が漲っているようだった。

 当然、親は反対した。すでに選定に入っていた婚約者候補たちは、あの手この手で映理を陥落させようとしたが、彼女は粘り強く戦った。

 根負けしたのは親側で、映理は東丸物産初となる女性社長となるため、今日からアメリカへ留学する。

 日常会話程度なら彼女は英語もできるが、大学で経営その他を学ぶとなると、まだ足りない。三ヶ月は語学学校で英会話をブラッシュアップして、九月から現地の大学で学び始める。

 ますます高嶺の花になってしまう映理に、飛天は今こそ自分の想いを告げなければならないときだと悟っていた。

 なんだかんだと、先延ばしにしていた。高岩に毎日毎日こってり絞られて、それどころじゃなかった、なんて言い訳をするつもりはない。

 社長になると高らかに宣言し、親と戦った彼女がやっぱり眩しすぎて、見守ることしかできなかった。

 今日、この時を逃せば、次のチャンスはないかもしれない。映理はアメリカで、飛天よりも頭がよくてガタイもいい、金持ちの王子様と巡り合ってしまう。その可能性はゼロじゃない。

「映理、さん」

 声が上擦って、上手く出せない。

「はい」

 映理はそんな飛天を嘲笑ったりしない。大きく深呼吸をしてから、飛天は初めて、言葉に出して映理への好意を謳う。

「俺は、君のことが好き、です」

 言ったと同時に、俯いた。恥ずかしくて、映理を直視していられなかった。握った拳は爪が食い込んで掌が痛いし、じっとりと汗ばんで不愉快だ。

 力が入った拳を、ふわりと柔らかな感触が包んだ。映理の白い手が触れている。何度かその手に感じた体温は、不思議と肌に馴染む。顔を上げると、映理はふわりと微笑んでいる。

「私が触れられるのは、あなたの手だからですよ」

 スーツのゴム越しではなくて、生身の温かい男の手を、映理は飛天の物しか知りたくないと言う。

「留学が終わるまで、待っていてくれますか?」

 映理の留学は、二年の予定だ。しかし、大学院まで進む可能性も高く、そうなるといつになることかわからない。

 それでも、飛天は頷いた。

「いつまででも、待つよ」

 自然と身体が動いた。慣れているわけじゃない。キスなんて、ドラマでだってしたことがない。二十五歳にもなって。

 それでも飛天は、衝動に突き動かされるままに、彼女の肩を抱いた。映理は悟ったように目を閉じる。

 一瞬だけ、唇に触れた。子供のようなキス。愛情を固めるキスであり、別れのキスだ。

 唇を離して、照れくさくてお互いに笑いあう。

 映理が日本にいない間に、自分も夢を叶えるために努力を続ける。彼女が戻ってきたときには、テレビで活躍する自分の姿を見せられるように。

 テレビ画面上でも、映理は自分がどれだか見分けられるのだろうか。

 そろそろ手荷物検査に進まなければいけない時間が近く、手を繋いだまま歩いていた飛天は、彼女の手を名残惜しく離した。

「ねえ。飛行機乗る前に、聞いてもいい?」

「なんですか?」

「どうして君は、俺がガワの中に入ってるときでも、見間違ったりしないんだ?」

 何かよくない癖のある動きでもしているのなら、改善しないと……と、飛天が割と真剣に問うと、映理はぱちぱちと目を瞬かせた。

 そして、声を上げて笑った。

「大丈夫。そんな変な癖はないです」

「じゃあ、どうして?」

 彼女はおかしくてたまらないと言うように、「見ればわかりますよ!」と言って、飛天の尻を、彼女らしくない力強さで叩いたのだった。

(終)

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