当日をお楽しみに【大きなのっぽのお姫様】

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「クリぼっちの人間、こーのゆーびとーまれっ!」

 やけくそ気味の声に反応したのは、一人や二人ではなかった。

 来たるクリスマス。それは恋人たちの季節……いや、愛し合う二人にとってはおそらく、毎日が自分たちの季節なのだろう。ロマンティックなイルミネーションも、ムードのあるレストランでのディナーも、舞台装置に過ぎない。二人でいられれば、寒い冬でも暑い夏でも、いつだって幸せになれるのだ。

 だが、それをモテない男たちは、理解できない。クリスマスだから彼女がほしい! なんて、本末転倒にもほどがあるのに。

 星崎みどりは、一番後ろの席についたまま、騒がしい男たちを冷ややかに見つめていた。馬鹿だなあ、と思いはするし、顔にも出ているだろうけれど、口には出さない。一年間、この愚か者たちをまとめてきた彼女なりの優しさである。

(まあ、人のことは言えないんだけどねえ)

 現在恋人がいない、という点ではみどりも彼らと同じだ。ただ、それをクリぼっち……クリスマスにひとりぼっちと言って自虐する趣味はないだけで。プラス、みどりがフリーなのはたまたまである。

「ほんとこいつらって、お祭り騒ぎが好きだよなあ」


 喧噪を生温く見守っていたのは、みどりだけではなかった。隣の席に座る男を、みどりは思わずまじまじと見る。彼女の視線に気がついた彼は、「何?」と、少し怯えた表情を見せた。

(失礼ね)

 いつ自分が、彼を怖がらせるような言動をしたというのだろう。

 内心でムッとしたのを眼鏡の奥に隠して、みどりは言う。

「率先して騒いできたのは、神崎じゃない?」
「……そう言われると、返す言葉もないわ」

 男は、おどけて肩を竦めた。

 この神崎靖男という男を、みどりはそこそこ評価していた。

 学園祭の実行委員の中でも、とりわけ賑やかで派手なことが大好きな活動局の人間たちは、個性が豊かすぎる。個々人はフットワークが軽いのだが、まとまって動くとなると、その個性の海におぼれて、身動きが取れなくなる。

 実際、来年の学園祭に向けての会議を行った今日だって、大変だったのだ。新・局長となった後輩が右往左往しているのを、最後列からみどりが正してやらなければならなかった。

 きっと自分もこうだった。みどりは一年のとき、財務局にいた人間だ。親しくしていた先輩から頼まれて、活動局に異動になったときには、あまりの人間性の違いに驚いたものだった。そして先輩が自分に求めているものも理解してしまったため、みどりは二年の初めから、脱線するメンバーの話を、正しい位置に戻してやる役割を担っている。

 そのことが評価されて、同級生や後輩たちはおろか、上級生からも「姉御」というあだ名を頂戴してしまったのは、まったく嬉しくなかったが。

 神崎は、騒がしい活動局の人間の中では、ごくごく一般的な学生だった。

 面白いことが好きで、みんなでワイワイやるのが好き。だけど彼は、周りをよく見ている。みどりの堪忍袋の緒が切れるのを察知して、同級生の暴走を止めたり、さりげなく話を先に進めたりと、何かと地味に頼れる男だった。こういう場面だって、一番に騒ぎながら、段取りを決めていくことだってできる男だ。

 今だって、神崎やみどりが関わっていないせいか、彼らの話はまったく進んでいない。クリスマスにひとりぼっちの人間を集めたところで、中身が発展していかないのだ。

 ふと軽い好奇心から、みどりは神崎に尋ねてみる。

「神崎は、クリスマスの予定は?」

 すると神崎は、頬を膨らませて突っ伏した。童顔でかわいいと言われがちな彼は、そういう子供っぽい仕草がよく似合う。本人は気にしているが、無意識に甘えが出てしまうのかもしれない。

「ないのね。珍しい」

 この男はとてもよくモテる。学内ですらっと背が高い女子と歩いているのを見かけたことは、数知れない。しかも、見る度に違う子だったような気がする。

 が、そういえば最近、神崎が女の子と歩いている場面を見た記憶はない。代わりに、神崎の隣を歩いているのは。

「神崎。そっち終わった?」

 会議室のドアを開けて、廊下から穏やかな声が彼を呼ぶ。ぴくん、と肩を揺らして、神崎はがばりと顔を上げた。

 その顔ときたら。

「五十嵐。終わった終わった。帰ろうぜ」

 じゃあな、姉御。

 神崎は立ち上がり、ひらひらと手を振って入口へと向かうが、みどりの方を一切見ない。目の前に現れた友人に見えない尻尾を振っている。代わりに気を遣ったのか、迎えに来た五十嵐の方が、みどりに軽く頭を下げた。気にしないで、とみどりは目だけで告げる。

(嬉しそうな顔しちゃって)

 神崎の隣に立つのが、五十嵐千尋という男に変わったのは、いつだったっけ。

 それほど昔の話ではないのに、みどりは正確には思い出せなかった。そのくらい、二人が連れ立っているのは、ごく自然な光景として受け止められている。

 五十嵐のことも、知らない仲ではない。周りよりも背が高いのに、威圧感がまるでないのは、彼が持つ雰囲気のせいだろう。穏やかで、おとなしい。いつもにこにこしていて、感じがいい。

 みどりだけではなく、五十嵐のことを知る誰もが、そう言うだろう。でも、五十嵐のイメージも、少しずつ変わってきている。

 学内で二人が連れ立って歩いているのは、まさしくでこぼこコンビだ。傍目から見ると、男女の差と同じくらい二人の間には身長差が存在する。おもしろくて、からかおうと思ったみどりだったが、できなかったことがある。

 二人は、とても楽しそうに笑っていた。神崎が何かを言うと、五十嵐は感情的になったのか、神崎の頭を小突いた。それに怒るわけでもなく、神崎はますます笑顔になった。その光景を、みどりはただ、見送ったのだ。

(女の子と歩いているときよりも、よっぽど楽しそうじゃない)

 彼らがどんなきっかけで、仲を深めたのかをみどりは知らない。

 ただ、お互いに影響を及ぼしあって、いい方向に向かっているのだなぁ、と思った。

「……姉御! 姉御!」

 神崎と五十嵐をぼんやり見送ったみどりの耳に、自身を呼ぶ声が聞こえた。視線を向けると、同級生が何とも言えない微笑みを浮かべて、みどりに手を合わせた。

「なに?」
「姉御姉御ー。幹事やってよー」

 どうやらクリスマスを独り身で過ごす人間で集まり、飲み会をするという話に落ち着いたらしい。参加するなんて一言も言っていないのに、幹事を押し付けてくるというのは、どういう了見か。

「お願いします! 俺らを取りまとめてうまくやってくれんのって、やっぱり姉御だし!」

(まぁ、いいか)

 みどりは不敵な笑みを浮かべた。

 結局のところ、学園祭実行委員会に所属している時点で、みどりも基本的には、お祭りが好きな人間なのである。

「任せなさい」

 姉御コールが沸き上がる中、みどりはあの二人も誘ってやろう、と決めた。きっとまた、二人一緒に会場にやってきて、ごく自然に隣り合って座るのだろう。

 今度こそ、からかってやる。

 みどりはだいたいの参加しそうな人数と、脳内に記憶しているコンパの会場候補の居酒屋リストをマッチングしつつ、スマートフォンを取り出した。

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