<<はじめから読む!
<4話
「えーと……その、か、彼氏とか、いるのか?」
間抜けな問答であるが、その実、圭一郎最大の懸案事項である。質の悪い男に捕まっていないかどうかだけが、心配なのだ。和嵩は顔を上げて、首を横に振った。
「彼氏なんて、いたことない。す、好きな人はいるけど!」
やや早口に言い切って、和嵩は再び、顔を伏せた。
圭一郎は、こんなところまで整っているのかと感銘を受けるほどの旋毛を見つめながら、今の言葉を反芻した。
彼氏はいたことがない。でも、好きな人はいる。こんなにきれいで格好良くて可愛い男を嫌う人間がいるとは思えないが、ゲイ男性の好みは、世間一般とは違うのかもしれない。先程見てしまった、和嵩の漫画を思い出す。
お世辞にも和嵩は、マッチョとは言えない。もしや、自分の容姿と恋愛経験のなさに思い悩み、告白できないのではないか。
だとしたら、悲しい。誰かを好きになるということは、心をパッと明るくすることなのだ。そして相手に好きになってもらえたら、どんなに辛いことでも乗り越えられる勇気が湧いてくる。
どちらかといえば恋多き男である圭一郎は、恋愛が人生に及ぼすポジティブな影響を信じている。
いや、究極的には恋愛じゃなくてもいいのだ。何せ、この結論に至ったのは、和嵩と出会い、「おにーちゃん?」と小さな手が自分の手を掴んだ、あの瞬間のことなのだから。
圭一郎は和嵩を愛しているし、逆もまたしかり、両親も呆れるほど仲のいい兄弟だ。しかし弟は、圭一郎から注がれる愛情だけでは満たされない。この先の人生を幸福なものにするには、足りないのだ。
「ご飯、できたわよ~!」
高らかに階下から叫ぶ母の声に、和嵩は顔を上げた。へら、と笑って、「ごめんね。変なこと言って。あんまり気にしないで」と、なぜか圭一郎を気遣う。
はらりと落ちる前髪の隙間から見える目は、じんわりといつもより潤いを増しており、諦めを湛えている。少なくとも、圭一郎にはそう見えた。
そのとき、腹を括った。
立ち上がり、一階に向かおうとした和嵩の手首を掴み、引き止める。振り返った弟の顔を見上げ、圭一郎は自分の胸を指して、力強く言った。
「俺が、お前の、恋の練習相手になるから!」
>6話
コメント