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<47話
いい場所だ。今度は王子と二号も連れてこよう。
「あら、ダメよ一号。ここはわたしと、×××と、一号の秘密の場所にするの!」
王女の可愛らしい我が儘に、一号は頷くほかなかった。
ここでしばらく休んでから、城に帰ろう。あまり遅くなると、二号や乳母たちが心配する。
「お前はここでお別れか? それとも一緒に城に帰るのか?」
王女を見習って、とぐろを巻いている白蛇に話しかけてみるも、反応はなかった。どうやら蛇は、自分を一号よりも上に位置づけているらしい。卑しい者の言葉を聞く必要はないというように、目を閉じていた。
機嫌が降下しても、一号が八つ当たりできる相手はいない。仕方なくぶちぶちと生えている草を抜き、視界の端に王女をしっかりと映しておく。
彼女が疲れてきただろう頃合いを見計らって、一号は声をかけた。
「殿下。そろそろ帰りましょう。お兄様もお待ちですよ」
「はぁい」
おそらく帰りは、抱き上げて帰らなければならない。もうすでに目はとろりと眠そうだ。立ち上がった一号に駆け寄ってきた王女は、案の定無言で抱きついてくる。
こういうところはやはり、年相応で可愛い。
一号が破顔しつつ、王女を抱き上げようとした、まさにそのときであった。
白蛇が目を開け、舌を出したその瞬間、地が揺れ、轟音が耳をつんざいた。王女の耳を塞ぐのは間に合わず、突然のことに彼女は驚き、「なにっ? なんなの!?」と、恐慌状態に陥っている。
落ち着いて、と王女の背を撫でていると、ふと陰ったので、空を見上げる。
「!」
白銀の鱗に覆われた身体が、上空に浮いていた。ずっととどまっているように見えたのは錯覚で、あまりにも体長が長いため、空を隠している時間が長かっただけだ。猛烈な勢いで、その生き物はまっすぐに飛んでいく。
目的地は、城に違いない。あそこには、竜も多くいる。
あの恐ろしい生き物は、おそらく竜たちの王。人間に捕らえられた仲間たちを、開放するために襲来したのだ。
牧場には、王子たちがいる。合流し、我が身に変えても、国王一家を逃がさなければならない。
一号は王女を担ぎ上げ、城への道を引き返そうとした。
「シャー!」
「!」
だが、蛇が行く手を阻んだ。踏みつけてでも帰らなければならないのに、一号はできなかった。
「どいてくれ! 帰らなければ……」
「シャー」
赤い目が、じっと一号を見つめてくる。蛇の言葉なんてわかるはずがないのに、心に伝わってくるのは説得しようとする意志。
「あきらめろと、言うのか?」
王城にいるのは、二号や王子殿下、国王夫妻だけじゃない。一号たちにも優しくしてくれる料理長や、二号が淡い想いを抱く女官。一号が今まで関わってきた人たちは皆、あの場所にいるのだ。
「俺と姫様以外、全員見殺しにしろというのか!?」
白蛇は頷いた。一号の腕に抱かれた王女は、事態の深刻さに怯え、声を上げて泣いた。宥めることができないほど、一号は怒りに震えていた。
『守る者よ』
声が、心に直接響く。白蛇のものであろう。男とも女ともつかぬ、深く低い声に、思わず跪きそうになって、一号は膝を叩いて堪える。
そうだ。守る者だ。俺の身体は他より頑丈で、小さな子供を抱えて、楯になることしかできない。反乱を起こした竜を迎撃するのは、兵士と二号の役目だ。
『力を望むか?』
それでも俺は。俺だって、戦う術さえあれば。
一号は王女を一度下ろし、蛇に近づいた。震える手を伸ばすと、ぬるりと身体をくねらせて、絡みついて登ってくる。緊張に息を詰めていると、蛇はやがて、一号の肩で止まった。
『お前は誰を、その力で守らんとす?』
「俺は……」
俺の愛する者を、この手で。
――ル……リル。
耳の奥で木霊するのは、夢の中で自分を愛した白銀の男。いや、どちらが夢なのか。
木漏れ日溢れる森は崩れ落ち、一号の前からは王女の姿も消える。
――ル、ベリル。ベリル、ベリル。私の唯一。
ああ、愛してる。
……シルヴェステル。
>49話
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