孤独な竜はとこしえの緑に守られる(42)

スポンサーリンク
BL

<<はじめから読む!

41話

 いまだ。

 ベリルは勢いよく飛び出す。カミーユに手を出させるわけにはいかない。

 膝のばねを駆使して、下からナーガの顎に向かって頭突きする。普通の人間ならば、自分もダメージを食らうところだが、ベリルは頭部も頑丈にできている。

 まともに顎に衝撃を受けたナーガが悶絶している間に、ベリルは「行こう!」と、カミーユの手を掴んで駆けだした。ぐんぐんと飛ぶように走るが、目的地は定まっていない。

 シルヴェステルのところに行こうと思っていたが、カミーユと合流した今、それは悪手だ。浮気を決めつけている二人を見て、彼が何をしでかすかわからない。

 城の中で、比較的安全な場所はどこか。走りながら考えていたベリルは、ひとつだけ思い当たり、急に元来た道を戻り始める。

「ベリル様、どちらへ……!」

「炊事場!」

 ナーガもこの城で生活している。料理人たちに仕事を放棄させてしまえば、自分に跳ね返ってくる。最も手を出しにくい場所だ。

 ベリルの読みどおり、炊事場は通常営業だった。突然飛び込んできた二人の姿を、料理長は最初怒鳴り散らそうとしたが、それが竜王の妃と側近であることを認めると、振り上げた包丁を、すごすごと下ろした。

「どうしたんです? お二人とも、こんなところに用事など……」

 肩で息をする二人に、察しのいい男が水を手渡してくる。礼とともに受け取り、一気に飲み干すと、ようやく人心地ついた。

「城に、蛇が」

 あまり詳細な話をすると、料理人たちが恐慌状態に陥ってしまう。彼らは軍人でも政治家でもない。ベリルは言葉を選びつつも、的確に指示を出す。

「とにかく、誰も炊事場に入れるな。たとえ将軍であろうが、近衛隊長であろうが……竜王陛下であっても」

 一瞬の沈黙の後のざわめき。ベリルでは威厳も場数も足りず、黙らせることができない。困った顔でカミーユを見上げると、彼は大きな音で足を一度踏み鳴らし、「黙れ」と一言発した。それだけで緊張が走り、静かになった。彼らは不安げに、ベリルとカミーユの顔を交互に見やる。

「大丈夫。ここにいる限りは安全なはず。だからひとまず、何事もなかったかのように、支度を進めてほしい」

 安心させるために微笑みを浮かべたベリルの目を見つめ、料理長は頷いた。ぎこちない動きながらも、どうにかいつもの炊事場になる。その一角で、ベリルはカミーユと顔を突き合わせて作戦会議をする。

「ベリル様。あの男は蛇であると?」

「ああ……赤い目をしていた」

 ベリルの言葉に、カミーユは険しい顔をして、ぎりぎりと歯を食いしばる。

「あの男……切り捨ててくれる!」

 カミーユは剣の道を知らないが、ナーガもまた、武器を使った荒事には疎いだろう。彼は神官だ。聖職者は、血を流す武器を使わない。素人同士なら、体格がよい方が勝つ。カミーユが腰に佩いた剣に手をかけたのを、ベリルは止めた。

 なぜ、という顔を向ける男に向け、首を横に振る。

「カミーユが探していたお兄さんは、彼だよ」

 ベリルのもたらした情報に、カミーユは一瞬呆けた。信じたくないという気持ちが、彼の判断力を鈍らせていた。ようやくナーガが兄であると理解して、カミーユは一気に崩れ落ちそうになった。

「嘘だ……」

「赤くなる前の彼の目は、カミーユと同じ色だった」

 ミッテランの深緑。誇りとともに受け継がれてきた瞳だ。きらりと輝くカミーユの目とまったく同じ色を、ベリルはナーガに見た。

「だから、ナーガをいきなり殺したら、ダメだ」

 最終的に死刑は免れないとしても、カミーユが直接、手を下すことはあってはならない。そうと知らず兄を殺したあと、カミーユが慟哭する姿は見たくない。

「わかりました……」

 まだ放心状態にあるカミーユを頼ることはできない。ずっと探していた兄は、すぐ傍にいた。そして竜王以下すべての者を騙し、手玉に取り、城を混乱に陥れていることに、まだ思考が追いついていない。

「カミーユ。武器はそれだけ?」

 問いに、カミーユはもう一本、ジャケットに仕込んでいたナイフを取り出す。長剣は竜人仕様で、背の低いベリルには扱いにくい。受け取ったナイフを数回振って、重さを確認する。何度も使えば手首に負担がかかりそうだが、さして問題はないだろう。

 鞘に入れたナイフをベルトに挟み、扉を見据えたベリルの袖を、カミーユは引き留めた。瞳の揺らぎだけで「どこへ」と尋ねてくる彼に、ベリルは微笑みを向けた。

「陛下のところへ」

「危険すぎます!」

 カミーユの説得を、ベリルは聞き入れない。

 危ないのは百も承知だ。ナーガが幻術にかけられないのはカミーユとベリルで、カミーユは今、精神的に動揺が激しい。ならば、自分がひとりで行くしかない。

「私も参ります」

「ダメだ。カミーユはここで、みんなを守って」

 扉を開けて出て行こうとするベリルと、腕を強く引いて部屋の中に留めようとするカミーユの攻防は、長く続かなかった。

「ベリル……カミーユ。お前たち、やはり」

 のっそりと姿を現したのは、これから会いにいこうとしていた相手だった。青白い頬に、生気のない表情。まるで幽鬼のような佇まいである。

「陛下」

「シルヴィ」

 驚きのあまり動きを止めた二人は、腕を絡ませあったままであることをしばし忘れていた。シルヴェステルは密着したカミーユとベリルに、青い目の奥で薄暗い情念を燃やした。

43話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました