<<はじめから読む!
<8話
その日の朝、クレマンは雷で目を覚ましたのかと思った。
秋の雷は、稲光と轟音とともに落ち、乾燥した空気を切り裂いて火事を起こす。塔に落雷したのであれば大変だと目を覚ましたが、暗雲が立ち込めているわけでもなく、太陽が東の空から顔を出したところであった。空耳であろうか。首を捻りつつ、すっかり目が覚めてしまったので身支度を整えていると、コンコン、と控えめなノック音とともに、妻が入ってきた。
「おはよう、ブリジット」
去年結婚したばかりの妻は、クレマンの五つ年下だ。艶やかで美しいブルネットの長い髪の毛を、早朝にもかかわらずきっちりと結い上げた姿は、可愛らしい愛妻というよりも、すでにしっかり者のおかみさんといった風情である。
地方の処刑人一族の娘で、幼い頃からしかるべき教育を受けたブリジットは、夫に対しても丁寧な態度を崩さない。一礼し、「おはようございます」と堅苦しい挨拶をする妻に、もう少し打ち解けてはくれぬものかとクレマンは考えるが、自分とて、積極的に妻を距離を詰めようとはしないのだから、お互い様であった。
「あなた。オズヴァルト様がいらっしゃいました」
「オズが?」
オズヴァルト・マイユはクレマンの数少ない友人である。親友、と言いたいところだが、それは自惚れが過ぎよう。金髪碧眼の美貌の青年であるオズヴァルトと、鳶色の髪(しかも巻き毛だ)に緑の目というありふれた風貌で、猫背がちな自分とでは、本来友人になることさえおこがましい。
釣り合わないといえば、妻のブリジットも冷たくはあるが整った顔立ちである。オズヴァルトと話をしている妻を見ると、「お似合いだな」と皮肉でもなんでもなく、心の底から感じるクレマンであった。
「こんな早朝に?」
「ええ。なんでも早馬を飛ばしてきたようで。今、スープを出して落ち着いてもらっていますが、何やら慌てていらっしゃいましたわ」
オズヴァルトは外見に見合った態度を取りたがる。すなわち、女性の前では格好つけて、本心を見せないことが多い。とりわけ、美女の前では。
ブリジットに心配されるほどの狼狽を見せるとは、どうもおかしい。朝日が昇りきらないうちに友人の家を訪れるという、礼儀知らずな行動をとることもないはずだ。
これは本当に、何か事情があるらしい。クレマンはそう察して、急いで着替えを終えた。髪の毛は跳ねたままであるが、寝ぐせだか生来の癖毛だか区別がつかないので、撫でつけ整える暇を惜しんだ。
>10話
コメント