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<93話
「そういえばさ。瑞樹先輩から聞いたんだけど、呉井さん、もうすぐ誕生日なんだってね」
なんとなく気が引けて、誕生日の話題を出すことは控えていたが、かまをかけるために、口に出してみた。呉井さんの反応は、可哀想なくらい顕著だった。顔が真っ白で、心なしか視線が泳いでいる。
「えっ。そうなの? 何日?」
柏木が俺に乗っかる。さすが柏木。俺の思ったとおり、無意識のアシストをしてくれる。
しどろもどろになりながら、呉井さんは「十日、です」とかろうじて答えた。
「え~っ、本当にもうすぐじゃん! おめでとう!」
「いや、それはさすがに気が早すぎる」
山本の冷静なツッコミに、柏木が膨れる。
「だって十日って、日曜日じゃん。直接言えるかどうかわかんないもん。そのときまで覚えてられるかもビミョーだし」
「そこはちゃんと、覚えていられるように努力すべきだろう。友達なんだから」
漫才のように丁々発止のやり取りを繰り広げる山本と柏木は、名コンビだ。最終的には山本が溜息をつきながらも、「……仕方ないから、僕が覚えていよう。柏木にメールするよ」と提案した。本当に仲のよろしいことで。
俺は呉井さんに目をやる。彼女は「ともだち……」と呟き、スカートをぎゅっと握りしめている。いいぞ。俺たちを意識させることに成功した。
「どうせなら、修学旅行とかぶったら面白かったね。うしたら俺たちみんなで、呉井さんのことをお祝いできたのに」
「そ、う……ですわね」
自分の誕生日が修学旅行直前だということに、呉井さんは改めて、思い当たった。スカートの皺が、より一層深くなる。彼女の眉間に寄せられた皺も。
自分の死が、いかに修学旅行に影響するかを想像して、あまりのことに動揺しているように見えた。
俺はホッとした。呉井さんは、日向瑠奈とは違う。友達である俺たちや、修学旅行を楽しみにしているクラスメイトのことを、きちんと考えることができる少女だ。
もしも瑠奈ならば、「死んだあとのことなんて、知ったことじゃない」と、何のためらいもなく、自殺を決行したに違いない。物の考え方は瑠奈に汚染されていても、感じ方はピュアな呉井さんのままであること。
希望があるとすれば、ここだ。
俺はその後も、呉井さんをじっと観察し続けた。柏木が、「なーに呉井さんばっかり見てんのよ。はっ、もしかして明日川……!」とかなんとか騒いでいたけれど、勘違いならいくらでもしてくれて構わない。
俺が呉井さんに「好きだ」と言うことで、彼女の命をつなぎとめることができるのなら、何度でも言ってやる。
そうやって、彼女のことを第一に考えているこの気持ちは、「愛」と言っても過言ではない。そうだろう?
>95話
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