クレイジー・マッドは転生しない(95)

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クレイジー・マッドは転生しない

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94話

 十一月八日。明日は土曜日で学校はない。だから、チャンスは今日しかなかった。放課後、解散する前に俺は素早く呉井さんの近くに寄って、ありったけの勇気を振り絞った。

「呉井さん」

「はい?」

 緊張にこわばった顔をしているだろう。呉井さんは振り返って、目を大きく瞬かせた。きっと俺の表情が怖かったに違いない。自覚はある。

 本当なら、二人きりの場所がよかった。でもそんな悠長なことは言っていられないし、多くの人間が見ている前の方が、都合がいい。

「日曜日、俺と一緒に出かけませんか? ……二人で」

 あえて「二人で」と言い直して強調した。これはデートのお誘いである。自分にも彼女にも、言い聞かせる。

 俺たちが会話をしているのは日常の風景だが、俺のセリフは非日常だ。放課後の喧噪は、俺たちを中心に、同心円状に静まり返っていく。とうとう教室中が静まり返った。視界の端では、柏木がなにやらじたばたしているが、山本が口を押えて制止している。どういう状況だ。

 呉井さんの返答を、誰もが注目している。

「その、恵美も……」

「ダメだよ。それじゃ、『二人』にならないでしょ」

 仙川という逃げ道は、残念ながら今の君には用意されていない。彼女もまた、命運を俺に託したのだから。今までならば、「何を考えているのだ貴様は」と、大きな掌で頭を鷲掴みにされ、ちょっとした孫悟空気分を味わうところだが、今回に限り、仙川は邪魔をしてはこない。

「君の大切な一日を、俺に預けてほしいんだ」

 柏木は単純に誕生日のことを指していると思っている。「大切な日」なんて、高校生にはあまり多くない。大方、他のクラスメイトも「誕生日なんだろうな」くらいのことを考えている。

 山本には何も告げていない。だが、彼はわかっている。日曜日、呉井さんの誕生日こそが、Xデーである、と。だから、柏木が余計なことを言わないように気を遣ってくれている。

「ね、行こうよ」

 ここで「ダメかな?」なんて首を傾げてはいけないのだ。否定形で疑問を投げかけることは、「ダメ」という解答を許容することになる。俺はいつもの自分とは違うのだということを強調すべく、やや強引に、呉井さんに返事を迫る。

 彼女は明らかに困惑している。自殺願望など、一ミリも匂わせてこなかった呉井さんだ。まさか、俺がほぼすべてを知っているということに、彼女は気づいていない。だから純粋に自分を祝おうとしてくれている好意を、無下にすることなんてできないと思っている。

 周囲の目も味方してくれている。やっぱり呉井さんは、日向瑠奈とは違う。この場で断れば、俺が恥をかく。だから拒絶することはできない。

 呉井さんは、ややしばらく悩んでから、答えを出した。唇に湛えた微笑みには、すでに迷いは感じられない。

「わかりました。明日川くんと、一緒に過ごしますわ」

 クラスメイトは、ホッとしたのが半分。冷やかしたいのが半分。緊迫した空気はほどけて、普段の放課後が訪れた。

「ありがとう」

 昼間一緒に過ごして、俺と別れてから死ねばいい。呉井さんが吹っ切れたのが、手に取るようにわかった。一日とはいえ、早朝から夜中まで一緒にいることはできない。俺も重々承知している。

 誕生日、そして命日予定の日を俺と過ごす。その時点で呉井さんは、自分の死についてまだ、迷っている節があると見た。家族で過ごすだとか、そう言えばよかったのに。迷いがあるのならば、大丈夫。俺は呉井さんを死なせない。

「じゃあ、明後日。待ち合わせの時間と場所は、明日連絡するから。とびきり可愛い格好してきて」

 そう言うと、彼女は多少訝しみながらも、頷いて帰宅の途についた。

 ひらひらとその背に手を振った俺にはまだ、やるべきことが残っている。

「明日川、ちょっといい?」

 冷ややかな視線を向けてくる奴が、二人ばかりいる。そのうち一人は、事情をまったく知らない。

 俺は笑って、「ちょうどよかった。俺も柏木に頼みがあるんだ」と言った。

96話

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