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<6話
待ちわびていた九鬼が来たのは、日付が変わる少し前のことだった。酒を飲む気分ではないというので、千隼は風呂を勧めた。もちろん、派手にイった後にきれいに掃除をして、湯を沸かし直してある。
「ああ」
着替えとタオルを受け取ると、九鬼はすぐに風呂場に向かった。礼の言葉ひとつない。
絶対にあいつ、亭主関白タイプだよな。嫁さんは苦労するだろうな。
そんなことを考えて、勝手に傷ついた。九鬼に嫁ができる、すなわち千隼とのセフレ関係も終わりを迎えるということだ。
ありうるかもしれない未来のことは忘れて、千隼は九鬼が風呂から上がるまでの間、彼が持ち帰ってきた漫画を読むことにした。
当然、女の裸が表紙にどーんと描かれているアダルトコミックである。
三次元の男にしか欲情しないので、ゲイ向けの卑猥なイラストにも興味はないが、漫画そのものは嫌いじゃない。
この乳山珍宝(何度見ても、すごいペンネームである)という作家の作品は、九鬼が持ち帰ってくれば、必ず読んでいた。
男の顔がまともに描かれていない作品が多い中、彼の作品はそのほとんどで、男も詳細に作り込まれている。顔や身体もはっきりと描き、心理描写も丁寧で、おかずにはならないが、面白い。
今回の作品も惚れ惚れする腹筋の男が出てきて、千隼はしばらくそのページを眺めていた。
「おい。もう寝るぞ」
夢中になっていたら、いつの間にか風呂から上がってきていた九鬼に、取り上げられてしまった。
「あ、ちょっと!」
まだ読んでるのに、と文句を言う千隼をよそに、彼はさっさと寝室へ向かう。その背を追いかけ追い抜き、
「ちゃんと髪川乾かせって、いつも言ってるだろ!」
と、軽く叱った。
いくら短くてすぐに乾くとはいえ、まだ春先だ。風邪を引かれては困る。
彼の首にかかっているタオルを取り上げ、床に座らせた。自分はベッドに腰かけて、雫の滴り落ちる髪の毛を、わしゃわしゃとタオルドライする。
聞き分けのいい大型犬を相手にしている気分になって、千隼は少々強めに髪を掻き乱した。
そんなスキンシップを経て、千隼は電気を消した。間接照明は置いていない。カーテンも閉めたまま。
九鬼の鋭い眼光は、夜目も利きそうだ。千隼はさりげなく毛布にくるまって、彼の股に手を伸ばした。
>8話
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