ギギ……チリン。
あら、いらっしゃい。初めてのお客さんね。
こんな天気だから、お客さんも来ないし、もう閉めちゃおうと思っていたの。ああ、大丈夫! 追い出したりしないわ。
迷惑なんかじゃない。来てくれて嬉しいわ。あなたを待っていたの……なんてね。どうかしら? ちょっとドキドキした? しない? もう!
そのままだと風邪ひいちゃうわね。ちょっと待って。タオルを持ってくるから。それまで絶対に座っちゃだめ。だめったらだめよ。
……はい、どうぞ。
そんなに濡れ鼠になっちゃって。朝から降ってたのに、傘は持ってなかったの? 折れちゃったのか。
この風じゃあ、仕方ないわね。台風シーズンじゃないのにね。
本当、嫌よねえ。洗濯物も乾きゃしない。
お兄さんもそう思わない? 天気予報で明日は大荒れになるって言ってるのに、会社は休みにならないんでしょ。本当にこの国は。
私?
私はいいのよ。好きでお店開けてるの! 家も近いし、他にすることもないしね。
家の中で鬱々と過ごすより、店に来て、のんびりグラスでも磨いていた方が、よっぽどマシ。
それに、私が店を開けてて、あなたもラッキーじゃない。おかげで雨宿りできたんでしょ。うふふ。
さてお客さん、ご注文は?
せっかくの出会いですもん。私も一緒に乾杯させてもらうわ。一杯目は、私のオ・ゴ・リ。好きなの頼んでちょうだい。馬鹿みたいに高いお酒はないけど、そこそこのラインナップを取りそろえているわ。
私の好みなんていいのよ、気にしないで。お酒ならなーんでも大好き。強ければ強いほどいいわ。
酔った方がいろいろと都合がいいこともあるのよ。この年になるとね……。
あら、ダメよ。女に年齢を聞くのはマナー違反だわ。ふふ、お兄さんとそんなに変わらないわよ、そんなには、ね。……誤差みたいなものよ。
まぁ、一杯目は無難にビールよね。
有名どころだけじゃなくて、ちょっとマイナーな国と地域のビールもあるわよ。
何? キリン?
……お兄さん、チャレンジ精神に欠けるわね。面白みのない男って言われない? 女の子にモテそうにないわねえ……。
ま、堅実と言えなくもないか。
はい、それじゃあ雨の日の出会いに乾杯!
……はあ。やっぱり美味しいわね。夏でも冬でも、ビールが一番よ。
あ、これ。サービスで出してるミックスナッツね。おかわりも自由よ。
しかし、本当に他に誰も来そうにないわね。 ここって半地下じゃない? だから外の音って、普段、ほとんど聞こえないのよ。でも今日の雨風は本当にすごいわね。店が揺れてるみたいだもの。
入り口もわかりにくかったでしょう? 看板も出していない店だし。
え? こんなに美人で気さくなママがいる店とは思わなかった、って?
いやあね。褒めても何も……出るわよ?
二杯目もおごっちゃうわ!
ああ、いいのよ。こんな店が流行るなんて、世も末だもの。私はひっそりやってたいの。
まぁでも、新しいお客さんとの出会いは、その分貴重だし、今日は私、とっても嬉しい。季節外れの台風に、感謝したいくらい!
今日はお兄さんと私、ずーっと二人きりよ。
だから、雨がちょっとマシになるまで、付き合ってちょうだい。
さ、今日はじゃんじゃん飲むわよ! お兄さんもイケる口でしょ? もう空っぽじゃない。
次は赤ワインにしようかしら……。
ブツッ。
きゃっ。
いやだわ、停電?
これも嵐のせいかしら。せっかく楽しく飲んでいたのに。興ざめだわ。
ちょっと待ってて。確かこの辺に……。
ねえお兄さん。ライター持ってないかしら? 煙草、すう人よね? 女の鼻は敏感なの。ごまかせないわ。
ありがとう。ろうそくはあったんだけど、マッチがなくてね。うちの店は禁煙だから、置いてないの。
最近うるさいでしょ? ナントカ法とかいって。私も煙草はすわないし。
ふふ。ろうそくの火って、なんかいいわよね。ゆらゆらしているのを見ると、落ち着くっていうか。
揺らぎ? リズム?
うーん。私、そんな難しいこと言われてもわからないのよね。ガッコウのお勉強って、ほとんどしたことないから……。
お兄さんはお勉強ができたんでしょうね。いいガッコウを出て、いい会社にお勤めなんでしょう? 頭のいい人ってステキ。
ほら、おかわり注ぎましょうね。これは秘蔵のウィスキー。特別なお客さんにしか出さないの。ちょっとキツいんだけどね、香りがとってもいいの!
ね? 美味しいでしょ? 気に入った?
どこのメーカーかって?
教えてあげなーい。特別だって言ったでしょ?
それにしても雨、全然止まないわねえ。傘を貸してあげてもいいんだけど、風が強いと意味がないものね。
もうしばらく、二人で飲みましょ飲みましょ。ほら、ぐいっと。
酔ってきちゃった? うふふ……それなら酔い覚ましに、お話しましょ?
ろうそくを見てたらね、なんだか怖い話を聞きたくなっちゃったの。百物語って知ってる?
ひとりずつ怪談をしていって、終わったらろうそくを吹き消すのよ。それでね、最後の百話目が終わってろうそくが消えて真っ暗になると……。
あら? 怖いの? まだ何にも怖い話していないじゃないの。怖いわけないわよね。そんな立派なスーツ着た、強い男の子だものね。
ちょっと待ってね。もう一本ろうそくをつけて……二人しかいないけれど、やってみましょうよ。何か起こるかもしれないし、起きないかもしれない。
話す順番は……お兄さんからね。その年になってまで、一度も怖い思いをしたことがないなんて、言わせないわ。
今は真面目なサラリーマンをしているみたいだけど、私にはわかるのよ。何でもお見通しなの。
スナックのママっていうのは、そういう生き物でしょう?
お兄さん、学生時代、相当やんちゃしてたんじゃない?
心霊スポットに肝試しに行ったことくらい、あるでしょ?
霊感なんてなくたって、曰く付きの場所では、それこそ風がちょっと吹くだけで、びっくりしちゃうものよ。そういう話でいいの。
ほら、思い出してきた。ね? あるでしょう?
怖い思いをしないで生きている人なんて、この世にはいないのよ……。
うふふ、あはは……あー、おっかしい。
私は怖い話をリクエストしたのに、なんでそう、面白おかしい話をするのかしら?
あなたの友達って、そそっかしいのね。山奥の廃トンネルに行って、どうして全裸になることがあるのかしら?
しかも、それで風邪をこじらせて入院しちゃうなんて……類は友を呼ぶって、こういうことかしら。
あらやだ。もちろん褒めているのよ!
お兄さんと話していると、時間が経つのを忘れてしまいそうなくらい、楽しいんですもの。
ああ、でも思い出したわ。私もね、廃トンネルにまつわる怖い話、知ってるのよ。
ううん、私が体験した話じゃあないわ。こう見えて私、遊園地のお化け屋敷にだって、入れないくらいなのよ。
でも、怖い話はだーい好き。
変かしら?
だって怖い話には、人間の恨み辛みがこもっているじゃない。
そういうの聞くのって、私にとっては三度の飯よりも、楽しみなのよ。
趣味が悪い? そうかもしれないけど、やめられないものなの。
動画サイトなんかで最近流行ってるじゃない?
例えば、クズ男が地獄に落ちる話とか。
ああ、お兄さんはそんなことないわよね? ふふっ。信じてるわよ……?
じゃ、まずおかわりを。酔っ払っても、ちゃんと話は聞いてね。大事な話だから。
そうね。これはとある女の子の話だから、若い娘が好きそうな、あまーいカクテルでも作りましょうか。
専門じゃないから、シェイカーとかは振らないわよ。マドラーで混ぜるだけの、ほら、カシスオレンジ。
懐かしいんじゃない?
え? だってそうでしょう。
学生のときなんて、女の子に飲ませるのはだいたい、カシスオレンジかカルーアミルクって相場が決まっているわ。
自分では飲んだことないかもしれないけれど、合コンで飲ませたことは何百回とあるでしょう。
ないなんて言わせない。絶対にあるわ。覚えていないだけよ。思い出しなさい、あなたのしたことよ。
……そう、これは、カシスオレンジが似合う可愛い女の子の身に起きた話。
その子の名前は――仮に、エリちゃんってことにしましょうか。当時、田舎から出てきたばかりの十八歳。
あなたにもそういう時代があったでしょう?
なに? 東京生まれの東京育ちなの。あっそう。
エリちゃんの家は、北の港町。オーシャンブルーなんて洒落た海じゃないわ。冬になると、飲み込まれてしまいそうな闇色になって、荒れ狂う日本海よ。
家の外に一歩出れば、潮のなんとも言えない臭いがするの。海沿いでぼーっとしてたら、顔が潮風でベタベタになる。
町じゅうが、夜の八時には時を止めてしまうような田舎よ。あなた、想像できる?
お父さんは漁師で、お母さんはその手伝いをしていたわ。ふふ。何を獲っていたのかはねえ、知らない。だって私は、エリちゃんじゃあないもの。魚とか昆布とか、その辺じゃない?
エリちゃんはとにかく、自分の家が、町が嫌だった。だって何にもないんですもの。
取り寄せた雑誌の中では、同世代の女の子が制服姿で帰りに寄り道をして、クレープを食べる。今だったらタピオカとかかな。
映画館もオシャレなカフェもない。着ている服は、隣の市の大型スーパーの衣料品コーナーで買うしかない。お小遣いの使い道なんてほとんどない。
エリちゃんは雑誌やテレビを見ながら、ずっとうらやましいと思っていたわ。都会に行ったら、芸能人がそこらじゅう歩いている! そう信じて疑わなかった。とにかく東京に夢と希望を抱いていたの。
ずっと住んでいたならわかるでしょうけれど、そんなユートピアなんかじゃないのにね。若い女の子にとっては、キラキラ輝いて見えるものなの。
一人娘を大学にやるお金は家になかった。エリちゃんは高校に入ってすぐ、自分でアルバイトを始めたわ。地元には何にもなくても、高校のある隣の市には、そこそこ店があったから。放課後は部活もせずに、ハンバーガーを笑顔で売ってたの。
あなた、ハンバーガーショップで働いたことは? 田舎の最低時給がいくらだか知ってる?
当時で七百円もしないくらいよ。田舎だろうが都会だろうが、やることは変わらない。ゴミみたいな客に絡まれることだってあるわよ。なのに、たったの一時間七百円しかもらえない。
それでも彼女にとっては、自分の力で貯めた大事なお金だった。
働いて、勉強して。動機は不純かもしれないけど、エリちゃんは努力家だった。
大学はさすがに行けなかったけど、看護学校に特待生で受かったの。すごいわよね。
それにしても、学校ってのはなんだってあんなにお金がかかるんでしょうね。
進学してからも、エリちゃんはアルバイトに勤しんだわ。
うん? エリちゃんのことなんてどうでもいい? 早く話を進めろ、ですって?
嫌だわ。これは必要な話なのよ?
彼女がどれだけいい子だったかを、あなたは理解する必要がある。エリちゃんの身に起きた悲劇を、心の底から恐れるためには、ね。
学校とアルバイトと寮の往復を繰り返すだけじゃなくて、エリちゃんは、田舎で夢見ていたことを、次々と実行に移した。
オシャレな店やテレビでしか見たことのない街へ繰り出して……でもそのうち、もっと刺激的な生活を求めるようになった。
そんなとき、看護学校の友達に誘われたの。『私と一緒に、○○大学のサークルに入ってみない?』
って。
あら、お兄さん、○○大学出身なの? そう。ふふふ。とんだ偶然もあるものね。
もしかしたら、エリちゃんとすれ違ったことがあるかもしれないわね。
東北の漁師町出身で、色の白い女の子よ。小柄で、丸い顔をして、笑顔が可愛い。
記憶にない? ふーん。そう。
で、友達に連れて行かれたサークルっていうのがね、今もあるのかしら?
スポーツやレジャーを楽しむという内容を謳っているけれど、主な活動は飲み会、みたいな。
いわゆる飲みサーって奴。最近の若い子は、あんまり無茶な飲み方をしないっていうし、もう廃れた文化なのかしら……。
ちなみにお兄さんは、大学時代にどんなサークルに入ってたの?
えっ。やだぁ。本当?
それこそエリちゃんが参加することになった飲みサークルと同じじゃない!
お兄さんがこんなにお酒に強いのは、若い頃から先輩に鍛えられていたからかしら?
サークルは楽しかった?
他の大学や短大の女の子もたくさんいて……ふーん。可愛くて美人な子しか入れないんだ。
女の子が聞いたら、ものすごく怒りそうなこと言ってるわよ、お兄さん。ま、もう時効だと思っているから、そんな風にヘラヘラしていられるんでしょうけど……。
とにかく、エリちゃんはそのサークルに温かく迎えられたの。さっきも言ったけど、可愛い子だったからね。
男慣れしていないところも、遊び人揃いの○○大生たちには新鮮だったんでしょう。
別に○○大の男子学生が全員、女遊びが派手だとは言わないわ。でも、お兄さんはたぶん、女の子を弄んだ側でしょ。私にはわかるんだから。
エリちゃんは、サークルの男子たちによくモテたわ。先輩も同級生も、果ては遊びに来たOBにもね。
別に、彼女が魔性の女だとか、絶世の美女ってわけじゃないわよ。エリちゃんレベルの子なら、サークルにはごろごろいた。
とにかく彼女は、身持ちが堅かったのよ。言い寄られて、デートまでは応じるけれど、寮の門限に間に合うように、きっちり切り上げて帰ってしまう。キスのひとつすら、やんわりと拒絶する。
田舎の子って、他にすることもないから性に奔放だっていうけど、エリちゃんに関しては、当てはまらないわ。
田舎すぎて、恋人になるような同世代の男の子がいなかったのもあるし、親が厳しくしつけたのもあるかもね。
彼女は結婚する相手以外に、身体を許そうとはしなかった。まるで敬虔なクリスチャンみたいに。
ホテルに連れ込んであれこれすることを目的としていた男たちの間では、誰がエリちゃんをモノにできるかを競うようになった。賭けの対象になってしまったのよね、エリちゃん。
男って、そういうものなの?
好きだから一緒にいたいとか、キスをしたいとか、セックスしたいとか思うんであって、「あの女とヤれた俺、えらい」っていう理由で女の子に手を出すものなの?
ねぇ、お兄さん。私に教えてよ。どうして黙っちゃうの?
身に覚えでも、あるのかしら? ふふ。まあ、どうでもいい話よね。
これはあなたの話じゃなくて、エリちゃんのお話。ね、そうでしょう?
何人もの男に口説かれても、彼女は首を縦に振らなかった。そのうち、目が覚めたんでしょう。
自分が憧れていた生活は、こういうことじゃなかった。
そう思い直したエリちゃんは、次第にサークルの例会に顔を出さず、フェードアウトしようとしたの。
ところが、そうは問屋が卸さなかった。
来なくなった子のことなんて、忘れてしまえばいいのに、男たちはエリちゃんのことが許せなかったの。
別に貢がせてポイ捨てしたとかじゃない。
そもそも、男が無理言って出かけているんだから、ある程度はお金を出すのが当たり前じゃない?
エリちゃんは、きちんとお礼の言える子だったし、奢られて当然って態度の高慢な女じゃない。
単純に、自分たちの手に入らない女が気に入らなかっただけなんでしょうね。もちろん、全員が全員じゃないわ。そんな外道な連中は、ほんの数人だけ。
でも、周りも諫めたりしなかったんだから、エリちゃんからすれば、同罪よね。
ふふ。どうしたの?
さっきから、全然お酒が進んでないじゃないの。甘いカクテルはお嫌い? 代わりに何か、作りましょうか?
いやあね。何か混ぜたりなんて、私がするわけがないじゃない。
クズ男たちじゃあるまいし。
男たちは、エリちゃんと比較的仲がよかった後輩を使って、彼女を呼び出した。
信頼している友人と二人だと思って店に来てみたら、サークルの中でもタチの悪い連中がいたんだから、びっくりよね。
すぐに帰ろうとしたけれど、友人のことで脅されたら、彼女は言うことを聞くしかなかった。
あのサークルの中で、下心なく接してくれた男の子を、エリちゃんは心憎からず想っていたんだから。
それを知ってか知らないでか、男たちは痛いところを突いたわけね。
彼らは「久しぶりに一緒に飲みたいだけだからさ」と、なれなれしくエリちゃんの身体を引き寄せた。
顔を見れば嫌がっているのがすぐにわかるでしょうにね。それすら、男たちにとっては面白かったんでしょう。
まるで見てきたように語るって?
いいえ、私は聞いただけよ。無念を抱えたエリちゃんの、魂からの恨みの叫びを……。
彼女がトイレに立った瞬間、男たちは顔を見合わせて笑った。そして飲みかけのドリンクに……。
財布の入ったカバンごと押さえられていたから、そのまま逃げ帰ることもできず、エリちゃんはしぶしぶ席に戻ってきた。
勧められるがままに、飲み物を口にしたわ。奴らが何かを混ぜたグラスでね。
そのまましばらく絡まれつつも飲んでいたんだけど、エリちゃんの意識は次第に混濁していったわ。
その手のクスリって、意外と簡単に手に入るものなのね。おお、怖い。この店じゃ、絶対にそんなことさせないわ。
ね、お兄さん?
こういう最低な奴らがいるから、普通の男性の評価まで下がるのって、本当に最悪よね。
痴漢とかも、そんなことしない男の人が大多数なのにね。みんながみんな、性欲の権化なわけじゃないわよ。
もうやめてくれって?
やだわ。まだ話は途中よ。廃トンネルの話まで、いってないじゃないの。
本題にたどり着く前に、そんなに震えちゃって。
意識を失ったエリちゃんを車に詰め込んで、彼らは高速を走らせた。その間、車内で行われたことについては……ああ、おぞましい!
おおよそ、想像どおりのことが行われたと思ってちょうだい。
彼らは心霊スポットとして有名な、山奥の廃トンネルに行ったの。そしてそこで、ようやくエリちゃんは意識を取り戻し、自分がどういう状況に置かれているのか理解した。
彼女は強かったわ。普通の女の子なら、泣き寝入りしてもおかしくないシチュエーションよ?
クスリで眠らされている間にいたずらされて、人気のないところまで連れてこられたら、抵抗する気もなくなっちゃう。
彼女は暴れた。帰ったら警察に駆け込むと強く主張した。当然、男たちは焦った。似たようなことを、他の女の子相手にもしていたの。でも、警察に訴えると言われたことは一度もない。
三人の男はね、こう考えたわ。
警察に行けないようにすればいい、って。
まず、誰にも何も言えなくなるくらい、エリちゃんをひどい目に遭わせた。男のうちの一人は、「全裸じゃないとする気になれない」って言って、秋の夜中だっていうのに、全部脱いじゃったんですって。
あら?
お兄さんのお友達も山奥で肝試しをしたときに、全裸になって風邪を引いたんだっけ?
ぼろ雑巾のようになるまで乱暴されたエリちゃんだけど、それでも彼女の目は死んでいなかった。強い光を放ち、男たちを睨みつけていた。
泣き寝入りなんて、する女じゃない。
そう判断した男たちは、どうしたと思う?
ねぇ。お兄さん。あなたは答えを、知っているでしょう。
どうしたの? 寒いの? ほら、言ってごらんなさいよ!
……ええ、そうよ。
彼らは彼女を置き去りにした。人通りのない山奥に、ほとんど裸の状態でね。地元の人間は避けて通る道だから、誰も来ない。
彼女、いったいどうなったか知ってる? 知らないわよね。あなた、今の今まで忘れていたんだものね。
やった側はすぐに忘れるっていうのは、本当らしいわ。
許してくれ……ですって?
あはははは。私に謝ったって、どうしようもないわよ。私はエリちゃんじゃない。 彼女はもういないわ。あなたたちの期待どおりよ。
殺すつもりはなかった?
嘘。うそうそうそ。死人に口なしとでも、思っていたんでしょう。
ついでにね、娘が行方不明になったって聞かされた彼女の両親もね、精神を病んでしまったわ。もう今は二人ともいないの。彼女の生家は今でも空き家になっていて、全然買い手がつかない。
ほーら、怖い話だったでしょう。
我が身可愛さに、あなたは人を殺した。一人じゃない。三人も、殺した!
私?
私は、エリちゃんの境遇にちょっぴり同情しただけの、お節介な女。あなたみたいな、外面だけ取り繕ったクズ男が大好物なだけ。
酔いが覚めちゃったかしら? 酔っていた方が都合がよかったんだけど。
ああ、ダメよ。外には出られないわ。雨も風も止んだけれど、あなたはここを出られない。
だって、私が……だもの。
これで私の話はおしまいよ。ほら、ろうそくを吹き消すわよ。真っ暗になったら、何が起きるのかしらね?
なんてね。私は実は知っているの。だってほら、怖がっているお兄さんの魂は、こんなにも、美味しそう――……。
……ああ、エリちゃん。出てきたの?
別にあなたのためなんかじゃないわ。あなたが勝手に、私の住処に入ってきたんじゃない。
あなたの恨みの籠もった魂はなかなかに美味しそうだったけれど、憎しみの対象になる相手の方に、もっと興味をそそられただけ。
ああいうクズの魂ほど、ジャンクな味がするのよね。
趣味が悪いって?
うふふ、そうかもね。普通は、あなたみたいな高潔な魂をありがたがるものだものね。
しかし、この男、他にもいろいろしてるみたいねえ。胃もたれしちゃった。しばらくはまた、山奥で引きこもるわ。
だから、あなたのためじゃないって言ってるじゃない。他の連中も早くなんて、言われる筋合いはないわよ。
面倒な子。
……あなたも食べちゃおうかしら。
メインにはならなくても、デザートにはちょうどいいわ。
……いただきまーす。
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