ホラー 魔のめざめ 濃い灰色の雲が、重苦しく立ちこめる朝だった。鶏が鳴いても、太陽が顔を出さない。春とは名ばかりの、肌寒い日。 暖炉に火をつけるかどうか、姑と夫は軽く言い合いをしていた。 数日前、もう暖房は必要ないだろうと結論していたため、夫は火を炊くこと... 2024.04.18 ホラー短編小説
短編小説 大根抜きの女王 五月の連休が明けても、時折肌寒い日がある。名残の桜がひらりと舞い落ちるのを後目に、俺は校門を急ぎ足で一歩踏み出す。 「川崎かわさき、お前、本当に部活やらなくていいのか?」 中学の部活は必修じゃない。転校以来、先生がしつこく誘ってくるのは、... 2024.02.19 短編小説青春
BL ほおずき、弾けて 九月の夜。東京と比べて涼しいと見越して長袖を持参したが、必要なかったかもしれない。 店内は冷房が稼働しているにもかかわらず、宴会場の襖を明けた瞬間に、熱気がこちらへと向かってきた。 「今日の主役がようやくお出ましだぞー」 長い大学の夏休... 2024.01.31 BL短編小説
短編小説 私のお母さん 産みの親と育ての親が違うのは、まれによくある。 積極的には言わないけれど、親密になるにつれて、打ち明け話をするようになる。一般家庭の子には同情され、腫れ物扱いされる場合もあるけれど、「実は……」と、お互いの秘密を共有する友人もいた。 人... 2023.12.20 短編小説青春
短編小説 耳たぶの献身 盆の季節、田舎の居酒屋は繁盛している。「しゃーせー!」と、若いアルバイト店員の威勢のいい声は、半ばやけくそに聞こえた。 広い座敷を一間借り切っての高校の同窓会は、年に一、二回開催されているが、私が出席するのは、久しぶりのことだった。 「芙... 2023.10.20 短編小説青春
短編小説 バイバイバグ 今日も散々だった。 夜になってもちっとも涼しくならない中、ふぅふぅと息を切らして坂道を上る。デブではないが、年齢のわりにだるんとした身体は、上り坂にすぐにくじけてしまう。 家賃の兼ね合いで選んだ家だが、もっと不動産屋で粘るべきだった。 ... 2023.08.04 短編小説青春
短編小説 ウィンターアゲイン、アンドアゲイン 冬の寒さは、人から口数を奪う。だから、北の人間ほど、無口になるんじゃなかったか。 函館空港に降り立った俺の周りには、浮かれた連中しかいなかった。 雪を見て、はしゃいでいる子ども、追う父親。母親は赤ん坊をあやしながら、スーツケースにもたれ... 2023.06.02 短編小説青春
BL キスをとばして(1) 世話になった同期の頼みだからって、ほいほい聞くんじゃなかった。 「うっ」 口元を押さえ、篤志あつしはえずく。明らかに酔っ払いの醜態だが、篤志はほとんど飲んでいなかった。 「大丈夫ですか?」 気遣いの言葉とともに手渡されたペットボトルは、... 2023.05.23 BL短編小説
短編小説 寒空にフラペチーノ 別に後ろめたいことをしているわけじゃない。なのに、目当ての階のボタンを押すのには、勇気が必要だった。 すまし顔をして、一階から順に上がっていく階数表示をじっと見る。四階で降りたのは私ひとりだけで、ホッとした。 これ以上、「他の会社に用が... 2023.02.03 短編小説青春