短編小説

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ホラー

鮮やかな蟹

「海、だ……」 呆然とした僕の呟きを、疲弊した彼女は拾えなかった。 え? と僕の顔を見上げ、それから視線の先に目をやって、初めて意味を理解し、「ああ……」と、溜息をついた。そのままへたり込んだのを、慌てて支える。 白い砂浜、青い海。この世の...
短編小説

兄のココア

「なんで美術部は、男が入らんのかね」 本人も美大出身の男である顧問の先生は、美術室の鍵を手渡しつつ、ぼやいた。「さあ、なんででしょう」 とぼけるけれど、理由は明白。見学に来た男子たちを放っておいて、女子だけで固まって、ひそひそと話をし続けて...
短編小説

ねじれの憧れ

「……新入生代表――」 高校一年、入学式の主役といっても、それは入試の成績が一番で、挨拶を任された子だけだ。 自分で考えたのではないだろう(ついこの間まで同じ中学生だったのだから、「ごべんたつ」なんて言葉、人生で初めて使ったに違いない)、誰...
短編小説

ハートは戻せない

職業柄、背中にも目がある。「こら、そこ。今持っているものを出しなさい」 できる限り穏やかな声で注意する。まだ振り向かない。こういうのはタイミングが重要だ。 正確な位置はわからないが、ぴりりと教室全体の空気が緊張したのが伝わってくる。 二年生...
短編小説

繋がる円盤

「UFOとか、興味はない?」 肩をツンツンされながら話しかけられた。人違いだと思いたかった。意味がわからずに、たっぷり三十秒は沈黙し、大地だいちは男の顔をまじまじと見つめてしまう。 鑑賞に堪える顔なのが、いっそうっとうしい。ぴかぴか光るおで...
ホラー

魔のめざめ

濃い灰色の雲が、重苦しく立ちこめる朝だった。鶏が鳴いても、太陽が顔を出さない。春とは名ばかりの、肌寒い日。 暖炉に火をつけるかどうか、姑と夫は軽く言い合いをしていた。 数日前、もう暖房は必要ないだろうと結論していたため、夫は火を炊くことに消...
短編小説

大根抜きの女王

五月の連休が明けても、時折肌寒い日がある。名残の桜がひらりと舞い落ちるのを後目に、俺は校門を急ぎ足で一歩踏み出す。「川崎かわさき、お前、本当に部活やらなくていいのか?」 中学の部活は必修じゃない。転校以来、先生がしつこく誘ってくるのは、俺の...
BL

ほおずき、弾けて

九月の夜。東京と比べて涼しいと見越して長袖を持参したが、必要なかったかもしれない。 店内は冷房が稼働しているにもかかわらず、宴会場の襖を明けた瞬間に、熱気がこちらへと向かってきた。「今日の主役がようやくお出ましだぞー」 長い大学の夏休み。帰...
短編小説

私のお母さん

産みの親と育ての親が違うのは、まれによくある。 積極的には言わないけれど、親密になるにつれて、打ち明け話をするようになる。一般家庭の子には同情され、腫れ物扱いされる場合もあるけれど、「実は……」と、お互いの秘密を共有する友人もいた。 人それ...
短編小説

耳たぶの献身

盆の季節、田舎の居酒屋は繁盛している。「しゃーせー!」と、若いアルバイト店員の威勢のいい声は、半ばやけくそに聞こえた。 広い座敷を一間借り切っての高校の同窓会は、年に一、二回開催されているが、私が出席するのは、久しぶりのことだった。「芙美ふ...
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