寒空にフラペチーノ

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短編小説

 別に後ろめたいことをしているわけじゃない。なのに、目当ての階のボタンを押すのには、勇気が必要だった。

 すまし顔をして、一階から順に上がっていく階数表示をじっと見る。四階で降りたのは私ひとりだけで、ホッとした。

 これ以上、「他の会社に用があるんです」と、自分をだます必要はない。

 もっと都会で就職すればよかった。

 今回ばかりは、本気でそう思った。大学から東京に出た同級生たちに、「地元、なんにもないじゃん」とせせら笑われても、一度だって、独り暮らしをしようと思ったことはなかった。

 何もない、はつまり、悪い刺激になるものも何ひとつなく、安定しているということ。

 そういう土地に育ったことを感謝していた私は、生まれて初めて、ここが田舎であることを呪う。

 東京なら、家からも会社からも遠い、都合のいい支店を探すこともできただろう。しかし、この街にある結婚相談所は、このビルの中に入っている店舗だけだ。

赤と緑のクリスマスリースがついた磨りガラスの扉を、そっと開ける。

 十一月になったばかりで、まだ浮かれた気分にはなれないのに。いつか季節を先取りしすぎて、追い越してしまうのではないか……なんて、ありえないことを考える。

「いらっしゃいませ」

 出迎えてくれたのは、三十代後半くらいのふっくらした女性だった。うっかり「お母さん」と呼びかけそうになる、そんな安心感のある笑顔に、ようやく肩の力が抜けた。

「予約している今井いまいですが……」

 彼女は手元のボードをさっと見てから、私に向けて、より一層深くなった笑みを向けた。「お待ちしておりました」

 差し出された名刺を受け取る。加納かのう、というのが私の担当者となる彼女の名前だった。 

 相談所の中には、五つの個室があった。一番手前の部屋に案内されると、すぐにお茶が出てくる。外気は寒いが、部屋の中は熱いほどで、お茶はぬるかった。

「冷たいものにしましょうか?」

 私は首を横に振った。出してもらったものにケチをつけるなんて、私にはできない。

 加納は向かいに腰を下ろすと、さっそく入会申込書を取り出した。

『成婚率八〇パーセント以上! あなたに寄り添う婚活なら、○○結婚相談所――……』

 電話やネットで、わざわざ予約をしてまで訪れているのだ。ここにきて、入会をしない人間は、まずいないはず。

 こんな宣伝文句は、新聞の折り込み広告にでも入れるべきで、申込書に、ダサい字体で並べるもんじゃない。

 私は紙の中の、「寄り添う」という字を指でなぞった。自然な素振りで行ったつもりだったが、加納は私の行動に、何らかの気持ちがあると感づいたようだ。

「ネット婚活やらマッチングアプリやら、今はいろいろな方法がありますけどね。本気で結婚したいなら、やっぱりうちみたいな昔ながらの相談所が一番、面倒見がいいですよ」   

 もちろん、多少値は張りますけどね。

 加納に釣られて、私も笑みを零した。そして慌てて、気を引き締める。

 私が笑うと、「幸薄そう」感が倍増されるらしい。そのせいで、先日行われた妹の結婚式でも、親戚にやいのやいの言われた。

 私はただ、妹の花嫁姿を微笑ましく見ていただけなのに、どうも、孤独な我が身を嘆いていると思われたようだ。

椿つばきちゃんは、いい人いないの?』という当たり障りのないところから始まって、『妹に先を越されてひがんだって、結婚はできねぇぞ』などと、酔っ払いに野次を飛ばされてしまった。

「今井椿さん、二十八歳……」

 結婚したい理由は、「妹の結婚式に参加して」だ。

「大丈夫ですよ。二十代女性は、完全に売り手市場ですもの。すぐにいい方が見つかります」

 ええ、ええ、と何度も頷く加納は、私のことをどう思っているのだろう?

 妹の百合ゆりは、昔から顔が広かった。私の友達は、全員自分の友達だと思っている節があったし、実際、その通りになった。なんなら、私以上に仲良くなっていたことだってある。

 そんな彼女の結婚式には、私の同級生も数多く招待されていた。女子校だったから、女ばかり。ドレスの色がかぶらないようにするのは土台無理な話で、相談は放棄して、思い思いのカラーを纏って参列していた。

 妹の夫になった人は、対照的に男子校出身だった。カラフルな新婦の友人席に比べて、ダークカラーの多い新郎の友人席。彼らが色とりどりの花に興味を持つのは、必然だった。 

 当然、私は親族席にいた。百合の晴れ姿に、彼らのこれからの人生に拍手を贈っていた。

 そこに、くだんの親戚たちが「結婚しないの」云々とやり始めたため、それぞれの席を回っていた妹たちの目にも留まった。

 そして、義弟になる人はこう言ったのだ。

『お義姉さんも、よろしければ二次会に参加しませんか?』

 と。

 結婚式の二次会は、新郎新婦の友人たちが企画して祝う、いわば無礼講の場だ。親族が出張る場所ではない。

 私が断ろうとすると、義弟は「百合のご友人たちとは、知り合いでしょう? 同窓会みたいでいいじゃないですか」と、しつこく食い下がってくる。

『それに、お義姉さん美人だし』

 付け足された言葉は、最悪だった。要するに、二次会という名の合コン会場なのだ。ダークスーツの虫たちが、花を品定めする場所だ。

 あいにくだが、私は虫にたかられたくなかった。素敵な男性との出会いは歓迎するけれども、新郎友人席にいる人たちは、めでたい席にもかかわらず、下品な野次を飛ばしていた。

 酔った父親までもが、「いいじゃないか。正樹まさきくんの知り合いなら、間違いない」と、ご機嫌に言い始める前に、きっぱりと断りを入れた。

『私がいても、白けるだけだわ』

 なおも食い下がろうとする義弟を、妹は引っ張っていった。

『お姉ちゃんにもっと気を遣ってってば』『気遣ってるから、二次会に呼んだんだろ』『最っ低』

 言い合う姿は、とても交際期間一年未満の夫婦とは思えないほど、漫才の空気感が漂っていた。

 それにしても、「気遣う」と来たか。

 進学は、年齢で決まっている。いくら五歳の百合が、「あたしもお姉ちゃんといっしょにいく!」と言い張ったところで、一緒に小学校に通学できるはずもなかった。

 結婚も当たり前のように、みんなは私が先にすると思っていた。私だってそうだ。なのに百合が先にウェディングドレスを着て、しかもその身体には、新しい命を宿してすらいる。

 ワッと声が上がった新婦友人席を眺める。何人もいる、私の同級生たち。妹を祝福する彼女たちの多くは結婚していたし、子どもがいる子だっている。

 急に、自分がひとりであるという自覚がわいてきた。スッと視線を外した私の目には、ひとりの男の人が映った。義弟の友人のひとりで、友人代表のスピーチをしていた人だ。

 正直、あの馬鹿みたいな集団からは浮いている。誠実そうな人柄に見えた。目が合うと、ぺこりと会釈をしたので、私も頭を下げる。

 あの人が二次会に参加するなら、私も行けばよかったかな。

 少しだけ興味をそそられたけれど、一度断ってしまったのを「やっぱり……」とお願いするのは、プライドが許さなかった。

 それに、二次会じゃ個人的に話をすることもまずできないだろう。新婦友人席の女子たちが、虎視眈々と彼を狙っている気がする。周りを取り囲む女子の輪を、切って入っていくことができるほど、図太くはない。

 その場では彼のことを忘れたけれど、そろそろ結婚については考えた方がいいのかもしれない、と思った。

 二十八歳。加納は若いと言うけれど、母はすでに、今の私の年で、私たち姉妹を産んでいた。決して若くはない。

「それでは今井様。次は、お相手のご条件について、お知らせください」

 二枚目の紙を渡され、私は膨大なチェックリストの数に、思わず額を押さえた。

「細かいでしょう? でも、相性のよいお相手を見つけるためには必要なことなんです。根気よく埋めてくださいね」

 男性の年齢、身長、体型、年収はもちろん、たばこや酒をたしなむかどうか。動物や子どもは好きか。はては好きな映画や子どもの頃見ていたアニメまで、いったい何に役立つというのかわからない項目もある。

 年齢は、上が五、下が三くらいが妥当だろうか。背は高くもなく低くもなく、体型も中肉中背。年収は、私よりは上。

 最初の方は順調に埋まった。個人的な好みでなく、最低限の条件だから、簡単だった。

 けれど、その後はぴたりと筆が止まった。 適当にチェックを入れればいいと思ったが、それでも進められない。

 趣味も特技も、他人のそれを気にしたことはほとんどなかった。嗜好品ですら、全部一番右の「どうでもいい」をチェックすることになる。複数選択や記述式になると、お手上げだった。

 そういえば、百合は勉強が嫌いすぎて、テストのときは記号問題しか解けなかったと笑っていた。彼女と同じように、鉛筆をコロコロ転がして、提示されたものに従ってしまおうか。

 ぐるぐる回る視界に、私はペンを持っていられなくなった。

「今井様?」

 声をかけられ、私の意識は急に覚醒し、「す、すいません!」と一言言って、席を立った。

「わ、私、急に体調が悪くなったので、帰ります。また、連絡しますから……」

 鞄を手に、引き留める加納の声も聞かず、私は個室を、そして事務所を飛び出した。

 間接照明を多用した店内は、不快にならない程度に盛り上がっていた。

 コンセプトは大人の嗜み、そんな風に売り出し中の日本酒と和食をメインにした居酒屋チェーンである。

 これが、安さとボリュームを売りにして、飲み放題コースには揚げ物ばかり出てくるチェーン店だと、たとえ部屋を隔てていたとしても、大学生の馬鹿騒ぎが耳障りになる。

「最近、旦那の加齢臭が気になってさぁ」

 大学時代のゼミ友達とは、今でも二ヶ月に一回は集まっている。三人は既婚者だ。

 田舎は結婚が早いとはよく言うもので、彼女たちは結局、まともに正社員で働いた経験が、ほとんどない。

 私の他にはもうひとりだけ、独身。多数決ではないが、既婚者が優勢で、自然と話題は夫のこと、子どものことになる。

「ええ? あんたの旦那、そんな年だっけ?」

「四つ上ー」

「いいボディソープあるよ……これこれ」

 興味のない話を聞き流す。向かい側に座っている、同じく独り身の実乃里みのりもまた、ちらとも目線を上げず、黙々とサラダを口に運んでいる。

 仲間はずれとは違う。既婚者と独身者の間に横たわる溝は、年を経るごとに深く、広くなっていくに違いない。

「椿は最近、どうなのよ」

 ようやく話に一段落ついたところで、奥様方は私たちのことを思い出す。雑に話を向けられるのが、一番困る。私たちにも通じる、大学時代のエピソードを言ってくれれば、勝手に乗じるのに。

 どう、という疑問詞に含まれるニュアンスは、ほんのちょっぴり毒があると思う。気づかなければ、何の影響もない。気づいてしまえば、心を蝕む。

 私は気づかなかったフリで、みんなの皿に料理を取り分けながら言う。

「特に変わりはないよ」

 平日は毎日会社に行って、週に三回は、帰りにジムへ寄る。月に一回はエステへ通うし、今度有給を取ったから、東京のホテルで、最近買ったワンピースを着て、アフタヌーンティーを堪能するのが楽しみ……。

「いつもどおりの毎日だよ」

 結婚して子どもを育てているパート主婦には、とても送ることのできない、私の当たり前の日々。

 私の盛った毒は、正しく効果を発揮したようだ。苦みのある葉を囓ったかのように、三人は閉口する。

 絶対に、結婚相談所へ行ったことは明かさない。大学卒業後、すぐに結婚した彼女たちは、みんな恋愛結婚だった。他人の手を借りないと、パートナーを見つけられないのだと知れれば、さらなる強い毒を塗った矢を、心臓に打ち込まれることになる。

「実乃里は? 最近どうなの?」

 主婦の武器が利かない私から矛先を逸らした。

 実乃里も似たようなものだろう。信用金庫に務めている彼女は、日々を地域のお年寄りからの、問い合わせという名の無駄話に付き合わされている。

「結婚するよ」

 あまりにもさらりと、きのこのパスタをすするのと同時の近況報告だったため、一度はみんな、「へぇ」と、聞き流しかけた。

「……結婚!?」

 衝撃はいつも、あとからやってくる。女子高時代から他人に興味があまりなく、マイペースだった実乃里は、大学に入ってからも彼氏のひとりもいなかった。

 合コンに誘われても、「家で見たいドラマがあるから」と、自分勝手な理由で参加しなかったのだから、間違いない。

 それが、いつの間に結婚などという話になったのか。私が親戚たちに「お姉ちゃんはいい人いないの?」と、囲まれているのを、どんな気持ちで――優越感に浸りながら、見ていたのか。

 グラスを持ったままで固まる私のことは、すでにみんな、眼中になかった。実乃里のスマホを覗き込んで、彼氏の写真に盛り上がっている。

 呆然とする私のもとに、彼女のスマホが回ってきたのは、ひとしきり話題が一巡したあとだった。

 どこに勤めているのかだとか、どこで出会ったのだとか。知り合いの結婚式の二次会だとか、どこかで聞いた話。

 つまらない、興味もない。けれど実乃里の恋人の顔を横目で見た瞬間、飲んでいたカクテルが気管に入りかけた。

 グラスを置いて、スマホを手に取る。まじまじと見つめるその姿は、百合の結婚式で会釈をしてきた、感じのいい人に違いなかった。 

 実乃里は、百合とは委員会が同じだった。高一と高三。部活ならまだしも、半年で変わる委員会という薄い繋がりでしかないのに、彼女は百合の結婚式に招待されていた。

 当日は、私も親族に囲まれていたから、彼女と話すことはなかった。実乃里のドレスはくすみピンクの清楚なドレスで、着る人によっては、とても素敵だっただろう。

 しかし実乃里が着ていると、友人席の華やかさからは少し浮いていて、雨の日に散って、水たまりに落ちた桜の花のようだった。

 実乃里は動じずに食事をし、聞かれたことがあれば、のろけるでもなく、淡々と答えた。それは昔から変わらない、彼女の個性だ。わかっている。

 けれど、近々結婚するというステータスを得た実乃里の動作は、いつもと同じはずなのに、これまでとは違って見えた。

 一言で言えば、優雅。余裕があって、おっとりとしている。

 カクテルに使われた日本酒が、カッと喉の奥で燃えている。

「……二次会、行ったんだ」

 三人は再び自分の家族への愚痴大会に戻ってしまったため、私と実乃里はふたりで話をすることになった。

 ぽつりと零した私に、実乃里は小さく頷いた。

「そういうの、行かないタイプだったじゃん」

 大学時代を引き合いに出すが、その実私も、合コンには魅力をあまり感じていなかった。

 そういうところが、自分とちょっと似ていると思ったから、私は実乃里に対して、親近感を抱いていた。

「もしかして、実乃里もうちの義弟おとうとに無理矢理誘われた?」

 実乃里とは同い年だ。百合の旦那は私に言ったのと同じことを言い、失礼な態度を取ったかもしれない。

 そんなの断ってくれて全然よかったのに、と言いかけて、実乃里が私をまっすぐに見つめていることに気がついた。

「……私は、嫌なのに付き合いで、とかは絶対しないよ。話してみたいな、と思った人がいたから、普段なら参加しない二次会にも行ったの」

 ああ、男の趣味まで似ていたのか。

「そう……」

 とだけ呟いて、私はお酒のおかわりを頼んだ。今度はカクテルなんて、甘い混ぜ物をしたものじゃなくて、喉を直接、アルコールで焼いてしまいたい気分だった。

「ラテ、トールサイズで」

 午後に半休を取って、買い物へ出た。コンサバを絵に描いたようなワンピースを買った。どこへ着ていくのかは、決めていない。

 いつもの店、いつもと似たような服。試着も三着してみて、着心地や丈の長さ、サイズ感をチェックしただけ。

 疲れてはいないが、まっすぐ帰るのももったいなく、駅前のカフェに寄った。

 東京にはたくさんあって、ノマドワーカー御用達らしいけれど、ここは田舎なので、駅前の一店舗のみ。メインの客層は、主婦や高校生だが、私はよく立ち寄る。

 メニューはいつも、ホットのカフェラテ、トールサイズ。変なカスタムはしない。砂糖は入れない。

 赤いライトの下で受け取り、荷物でキープしていた席に座る。

 私が入店した時点で、店内はそこそこ混雑していた。座ることができてよかった。飲みながら歩くなんて、格好悪いし、家まで持って帰ったら、冷めてしまう。

 ふう、と一息をついてから、スマートフォンを取り出す。トークアプリの通知が何件かついていて、私は一件一件を確認する。

 どうして登録したのか、もはや忘れてしまった企業のクーポンに苛立ちつつも、結局いつも、解除をするまででもないか、とやめてしまう。

 残りはタイミングが悪くというか、百合からのメッセージと、ゼミ仲間のグループトークだった。

 今は、見たくないな。

 そっとスマホを伏せて、テーブルに置く。 店の中は、案の定、制服姿の女子高生たちがこぞってやってきた。

「あ、空いてる空いてる!」

 隣の席にも、セーラー服の二人組が座る。派手なのと、地味なのと。どうして対極に位置する二人組が連れだって歩くのだろう。

 地味は地味同士、派手は派手同士でつるめばいいのに。なんだか、私と百合を見ているような気持ちになる。

「べー、苦い」

「もう。あんたいっつも、コーヒー飲めないのに、どうしてカフェラテにすんの? 多少のミルクじゃどうしようもないのに」

 派手な子が、自分の持っていたフラペチーノと彼女のカフェラテをさっと交換した。見かけによらず、面倒見がいい。

「だって、後ろに人が待ってるから」

「そんなの気にしない気にしない。選べるときに選ばないと」

 カフェラテを一口飲んだ彼女は、眉根を寄せた。

「こんなにたくさんメニューがあるんだからさ、自分であれこれ選んで、一番の好きを見つければいいんだよ」

 私は自分の手の中の、カフェラテのカップに目を落とした。

 私は、どういう基準でこれを選んだんだっけ。

 ブラックは好きじゃないから、カフェラテ。ただそれだけの理由じゃなかったか。果たしてそれは、「選んだ」と言えるのか。

 表には、あんなにたくさんのメニューが並んでいるのに、私はこれしか飲んだことがない。トッピングのことなんて、一ミリも考えたことがない。そういえば、ケーキや軽食も頼んだことがない。

 思い返せば、私の人生でこれまで、自分自身が心から「欲しい」「したい」と選んだことが、あっただろうか。

 偏差値の合う高校に進み、家から通える大学を受験して、地元で恥ずかしくない規模の会社に就職した。

 結婚相手だって、適齢期になれば、向こうから現れるのではないか。そう思っていなかったか?

 どうして百合や実乃里が選ばれて、私は選ばれないのかと、ひがんでいた。

 けれど、違うのかもしれない。

 あの子たちは、結婚する相手を自分から選んだのだ。そういうのが苦手だった実乃里ですら、二次会に参加して、自分からアピールしたのだ。

 だから、相手にも選ばれる。

 たったそれだけの、当たり前の話。なのにどうして、気づかなかったんだろう。

 私は一気にカフェラテを飲み干した。まだ熱かったけれど、無理矢理流し込んだ。それから立ち上がり、財布から千円を取り出す。

「ねぇ」

 隣の席の二人は、怪訝な顔をして私を見上げてきた。

「これで、あなたも自分の好きなの買ってらっしゃいよ。コーヒー苦手なのは、あなたも一緒でしょ?」

「えっ」

「そんなのもらえません!」

 突然、見ず知らずの女に金を渡されて、ありがたく受け取らない彼女たちは、まっとうに育っているな、と思う。

 いいからいいから、と彼女たちに握らせる。「あなたたちには、いいことを教えてもらったから」

「いいこと?」

「そう。大事なことをね」

 不思議そうに顔を見合わせたふたりは、どこか似通っていて、もしかしたら、友達じゃなくて、姉妹なのかもしれないと思った。

 私は再び、レジカウンターに並びなおす。メニュー一覧をぐるっと見回して、指をさした。

「この、キャラメルフラペチーノ。トールサイズで。クリーム増量して、チョコチップ追加で」

 冷たいカップを片手に、店の外へ出る。十一月も終わる、冬の初めの風は冷たく、慌ててコートの前をかき合わせた。

 ストローで、初めてのフラペチーノを飲む。

「さっぶ」

 とたんに震えが来て、思わず笑ってしまった。

 失敗した経験があってこそ、次への選択ができるのだ。

 今ならきっと、あの長いリストも埋められる。そんな気がする。

「まあでも、フラペチーノは、冬は厳禁……かな」

 笑いながら私は、スマホのメッセージを確認するのだった。

 

           

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