高嶺のガワオタ(38)

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ライト文芸

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37話

「ついてきてほしい場所があります」

 と、映理は言った。飛天は家を出ることを渋った。外を出歩けば、ひそひそと陰口を叩かれる。そんな妄想が頭にこびりついている。

 映理は準備万端だった。大丈夫です、と微笑む彼女は、いつになく強引だ。ここで引っ張り上げなければ、飛天はずっと地を這うだけの存在に成り果てる。そう気づいている。

「車で来ましたから。すぐ近くに止めてあります」

 駐車場は、「すぐ近く」と言える範囲にはない。映理が言わんとしているのは、「路上駐車中だから、早くして」ということだ。飛天以上に水魚が反応し、

「お兄ちゃん! 三十秒で支度して!」

 と、どこかのアニメのようなセリフで飛天を競り立てた。

 三十秒とは言わないが、顔を洗って髭を剃る。寝癖を直す暇は結局なかったが、寝間着から着替えて、車の後部座席にいそいそと乗った。

 初対面のときに乗せてもらったのと同じ高級車だと思っていた飛天は、実際の自動車を見て、目を丸くした。国産の淡いグリーンの軽自動車だった。

 何よりも飛天が驚いたのは、映理が運転席に座り、シートベルトを締めたことだった。

「映理さんが、運転するの?」

 たった数日引きこもっていただけで、再び飛天のコミュニケーション能力は、格段に落ちていた。声が喉に絡みついて、小さな呟きにしかならない。

 エンジン音に飛天の問いかけは掻き消された。映理は「シートベルト、してくださいね」とバックミラー越しに微笑んで、それからまっすぐに前を見つめ、ハンドルを握った。

 自動車の運転には、性格が出る。幸いにして、映理は二重人格ではなかった。緊張しすぎてのろのろ運転というわけでもない。快適で安心の心地よい揺れに、精神的な疲労が溜まっていた飛天は、いつしかうとうとしていた。

 船をこいでいた飛天を、「着きましたよ」と映理が起こしたのは、だいたい三十分か四十分くらい経った頃だった。

「ふぁ……」

 間抜けな声が出て、飛天は自分の口元を思わず拭った。涎は垂れていなかったので、ホッとする。

 飛天の動作が面白かったのか、映理はくすりと微笑んで、後部座席のドアを開けてくれた。本当は、運転もエスコートも、自分がやりたかった。

「あ、ありがとう」

「いいえ。どういたしまして」

 映理がどうしても連れてきたかったのは、飛天にとっても身近な場所だった。

「会社……?」

 バイト先だ。

 飛天は一歩も踏み出せなくなる。今頃、高岩を始め先輩たちも、飛天に気づいてしまったに違いない。彼らが真剣に向き合っている特撮を、馬鹿にした過去がありながら、仲間面をしていた飛天のことを、絶対に許さないだろう。

 連絡をすることさえ怖くて、飛天は「辞めたい」と言うこともできずにいた。連絡を絶って、自然消滅コース狙いだった。

「飛天さん」

 動けないでいる飛天に、映理は優しく声をかける。無言で首を振る。行けない。行けるはずがない。謝ったところで、どうにもならない。

「飛天さん!」

 先程よりも強い口調で、映理は名を呼ぶ。肩を一瞬跳ねさせて、おずおずと顔を上げた飛天の頬を、彼女はぺちりと両手で挟む。

「しっかりしてください!」

 映理の大きな目が、じっと見つめてくる。顔を固定されているために、逸らすことは不可能だった。熱が上がって、指先から彼女に伝わってしまう。

「……はい」

 羞恥心で爆発してしまう前に、早く離してほしい。その一心で頷くと、映理は「よし」と微笑み、開放した。

「行きましょう」

 大丈夫。

 私が隣にいるから。

 彼女は言葉にはしなかったが、飛天の腕を取った。そのまま絡ませて、引っ張っていく。足取りはややおぼつかないが、映理のスピードについていく。

39話

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