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<32話
そこからの行動は早かった。
何しろ、香貴は明日の朝早くから撮影のために地方に行かなければならない。山奥で二週間、缶詰だ。突貫撮影であり、連絡を取る暇もないかもしれない。
想いが通じ合ったのに、しばらく会えないのは寂しい。そして幸いにして、今夜、母は出かけている。遅くまで帰ってこない。
涼が勇気を出して、「俺の部屋、来る?」と、直接的な表現を避けて誘うと、香貴は一も二もなく頷いて、ついてきた。
ベッドの上に座ると、すぐにキスをされる。目測を誤ったせいで、口の端を掠めるだけになったのを、涼は笑った。可愛いと思ってのことだったが、香貴は馬鹿にされたと感じたのだろう。ムキになって指で涼の唇を押さえ、がっちりと口づけてくる。
もちろんお子様向けのキスではない。甘噛みとくすぐりを繰り返し、どんどん侵入してくる舌に応えると、すぐに機嫌を直した。逆に侵入し返してやろうとする涼だが、叶わなかった。どころか、同時に香貴に体重をかけられて、押し倒されてしまう。
「んう……?」
あれ、俺がそっち?
男と交際した経験はないが、なんとなくの知識はある。最後まで、すなわち挿入まで果たすとなると、役割分担が必要だ。
事前に話し合いをする暇もなく始まってしまった。止めるのも無粋だし、何よりも。
唇が離れ、じっと見下ろしてくる。香貴の必死な表情を見ていると、何もかも許してやりたくなる。
「僕は、涼さんにいろいろもらってばかりだから」
初めて会ったときから優しくしてもらった。花の育て方を教えてほしいという願いも、快く応じてもらった。舞台に花を贈ってくれた。
「それに、人の愛し方を教えてくれた」
もらったらもらいっぱなし、あげたらあげっぱなし。愛情の受け取り方も示し方も下手な香貴は、自分が好意を抱いた涼から与えられるばかりであることを恥じた。これまでの自分のやり方がまずかったことに気づいた。
「だから、今日は僕が涼さんに、いろいろしてあげたい」
そんな風に言われたら、今日のところは好きにさせたくなる。ただあげるだけじゃなく、ただもらうだけじゃなく、愛情というのは正しく相互でやりとりするものだと理解した香貴に、「与えたい」と言われるのは、嬉しいことだった。
でもそれを素直に表現できる涼ではない。ふい、と横を向いた。
「明日からの撮影に、差し障ったら大変だからな」
そして涼の憎まれ口に含まれた愛情に気づかない、香貴でもなかった。
彼はぎゅっと涼の身体を抱きすくめると、「いっぱい愛させてね」と囁いた。
>34話
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