10 学園祭当日(2)

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10-1話

 ミスター・かぐや姫コンテストは初日ステージの目玉である。本来靖男が一人で司会をする予定だったのだが、千尋のフォローのため総合司会の小林がこのコンテストでも司会をすることになった。靖男はステージ脇で音響を手伝いながらステージを見守る予定だ。

 小林がまずは、マイクを手にステージに上がる。

「誰よりもレディな野郎どもの、登場だー!」

 ノリのいい音楽をかけて、参加者たちの誘導を行う。ぞろぞろだらだらと歩いている男たちの中に、御幸だけがノリノリで観客に手を振って愛嬌を振りまいている。さすが男子校で姫と呼ばれていただけのことはある。

 ビニールテープで事前に示してあった立ち位置に全員がスタンバイできたところで音量を小さくする。靖男は後ろで緊張した表情を浮かべる千尋の肩を叩いた。

「大丈夫。笑えよ。お前が一番美人だから」

 俺のこと信じろ。目を見て言うと、千尋もきりっとした表情を浮かべて、大きく頷いた。

「レディたちに話を聞く前に、アシスタントを紹介するぜ!」

 千尋の背中を、怪我をしていない方の手で優しく押した。その勢いに乗って、千尋はステージへと歩みを進める。

 ざわついていた観客が、彼の姿を認めた瞬間にしん、となった。千尋は一瞬気圧されたようにたじろいで、脇に隠れている靖男にちらりと視線を向けた。大丈夫、と笑ってやると、千尋も覚悟を決めて、微笑んだ。

 小林もしばらく千尋に見惚れていたが、自分の仕事を思い出して千尋の紹介をする。

 千尋の手持ちの物をは女装趣味が露見する恐れがあるため、使えなかった。衣装の決め手となったのは、千尋が高校時代に弓道部に所属していたということだった。千紗に依頼して、実家にしまってある袴を探してもらい、また、五十嵐家の女性陣が成人式のときに着用した振袖を持ってきてもらった。

 薄紅色の振袖に黒い袴を身に着け、長い黒髪のウィッグを付けて振袖と同色のリボンで結う。アイラインや眉、睫毛の黒と頬と唇には赤、目元にも鮮やかな赤を刷いて、イメージは神をその身に下ろす巫女だ。

 千尋のベースの顔をそのまま生かしているので、完璧な女子という訳にはいかない。身長の問題もある。だが、「巫女」「神」というワードを連想させることによって、性を超越したものとして位置づける。そうすると、性別など関係なく、ただ千尋の美しさだけが、見る者を感動させる。

「千尋です。不慣れではありますが、アシスタントを務めさせていただきます。よろしくお願いします」

 凛とした礼を見て、観客は歓声をあげた。受け入れられたことに千尋は勿論、靖男もまた、ほっとしていた。ふと気になって御幸の顔を見ると、憧れの先輩が女装をしていることに唖然としている様子である。

 そのまま小林の主導で参加者のインタビューが始まる。千尋はアドリブ力は皆無であるため、にこにこ微笑みながらマイクを向けていた。むくつけき乙女たちが千尋の美しい顔を見てドキドキしているのが面白かった。

 御幸にインタビューする番となって、千尋は彼の隣に移動した。小さくて可憐な美少年である御幸は優勝候補間違いなしと言われていた。そんな彼が千尋の顔を間近で見て、愕然としている。

「い、五十嵐、先輩……」

「?」

 どうやら千尋は目の前の美少女が高校時代の後輩で、自分に対して強い憧れを持っているとは思っていない様子だった。にっこりと笑って、「お名前、どうぞ?」と促している。

 御幸は千尋に記憶すらされていないのだということを目の当たりにして、泣きそうになっていた。ざまあみろ、と靖男は思えなかった。

 インタビュー、自己アピールが終わったところで、小林が「投票よろしくお願いします! 明日のフィナーレで、今年のかぐや姫をどーんと発表だ!」と叫んだ。

 役目を終えてステージ脇に戻ってきた千尋は、靖男の顔を見てほっとしたように笑った。

「大丈夫だったかな、俺……」

「大丈夫。一番美人だったから。なぁ?」

 後ろにいたみどりもうんうん頷いていた。

「身長が高いからハンデになるかと思ったけど……ほんときれいだったわよ、五十嵐」

「はは、ありがと……なんか複雑だけど」

「ま、明日もよろしくね」

 みどりに肩を叩かれて、千尋のきれいな顔が、間抜けに崩れる。

「へ? じゃないわよ。明日のフィナーレでの発表も、女装参加よ?」

「えぇっ、聞いてないんだけど! 神崎!」

 言わなかったっけ? と、とぼける靖男に食ってかかる千尋は、完全に吹っ切れたようにも見えた。けれど胸の奥には自分への恋心が燻っているのが、靖男には見える。

「ごめんごめん」

 答えはもうすでに、靖男の中では出ている。告げるのは、明日だ。そう、決意していた。

10-3話

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