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<9-2話
部室の一角に衝立を作り、その中で準備は行われた。靖男は外で敏之やみどりたちと見守っていた。敏之が不安そうな顔で、
「なぁ、本当に大丈夫なん?」
と、言う。なにが、と聞き返すと、「あれ」と小声で衝立を指した。みどりも敏之ほどではないが、同感だという顔をしている。
まぁ、当然ではある。チビで童顔な靖男だからこそ適任だと割り振られた女装。その代役に一八七センチなんていう常人よりもはるかに背の高い男前を選んだのだから。
千尋にミスター・かぐや姫コンテストの司会として女装してステージに立ってくれないか、と頼んだときも「むり! 絶対やだ」と断られた。
「なんでもするって言ったじゃん!」
「それと、これとは別です!」
笑われてからかわれるのが嫌だ、と千尋は言った。女装することがあってもそれは肉体的欲求に基づくものであって、決して趣味ではない。化粧もしたことがない、本当に男がスカートを履いているだけの女装だ。
「そんな姿でステージに上がるなんて、冗談じゃない」
固辞する千尋に対して、靖男は言葉を尽くして説得をした。お前は華奢だからお笑い系には走らないでいい。ヘアメイクのできる人に協力をこれから要請するから、きれいにしてもらえる。そして何よりも。
「お前の女装の出来がどうだろうと、俺は笑わない。今まで馬鹿にして笑ったことある?」
「……ない」
ちょっと考えて、千尋は首を振った。
「たくさん喋らなくていいように姉御たちと相談してなんとかする。受けてくれないか」
頼む、と頭を下げると千尋は「そこまで言うのなら……」と了承した。ちなみに信頼できる美容師とは、彼の姉の千紗のことだ。姉として弟のことはよくわかっているだろうし、衣装の相談などもできたので助かった。
「変じゃない? 大丈夫?」
「大丈夫でしょ。あんた鏡見えてるわよね? 鏡に映ってるあんたの姿がすべてよ!」
うぅ、とかあぁ、とかいう千尋の呻き声にみどりと敏之は不安の色をより濃くした顔を靖男に対して向けた。靖男は大丈夫だろ、たぶん……と乾いた笑いを浮かべた。
先に出てきたのは千紗の方だった。
「千紗さん。無理いってすいません」
「ほんとよー。ま、でも面白そうだから有給取ってきちゃったわ。理解のあるオーナーでほんとよかった」
彼女はこの二日間は満月祭を堪能するつもりだと言った。案内役を仰せつかったのは敏之である。謝礼金代わりに靖男たちがカンパした金を封筒に入れ、敏之に渡す。
「祭りの中で飲み食いする分には、こっから出してください。少ないですけど」
「いいのよ。学生が遠慮するんじゃありません。まぁでも、ありがたくいただくわね」
このさっぱりとした対応がみどりと共通するものがあり、実際彼女たちはその後連絡先を交換していた。
千紗は姿を現したが、今日の主役はまだ出てこない。衝立をどんどん、と叩いて「ほら、早くみんなに顔を見せてやんなさい!」と千紗が促すと、低い呻き声とともに、彼は姿を現したのだった。
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