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<15話
――ガタンッ!
何かが壊れたかのような音に、恭弥は目を開けた。閉ざされた扉が開いていた。そして男の豚のような悲鳴が聞こえた。薄暗い中、目を凝らして状況を把握しようとした恭弥だったが、次の瞬間、電気がついた。
男の尻を鬼の形相で蹴り飛ばしているのは、譲だった。アルバイト先から駆けつけてくれたらしく、コンビニの制服姿のままだ。
「御幸さん!」
電気をつけてくれたのは、光希だった。喧嘩別れした日から一週間も経っていないのに、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった。
「御幸さん、殴られたの? ほっぺた腫れてる……」
光希の言葉に、譲は更に怒りを露わにする。男の襟首を引っ掴んで立たせ、無言で平手を往復でお見舞いした。
「おいおい百田。その辺でやめておけ。そいつ死ぬぞ」
その様子を見かねてストップをかけたのは、神崎だった。どうして神崎と譲が一緒にいるのか。訳がわからないまま、光希によって恭弥は拘束を解かれた。
「でも神崎さん。こいつ、御幸の顔、殴った」
「うん。でもお前が傷害や殺人で逮捕されたら、御幸が悲しむだろ? やめとけ」
恭弥関連だと暴走しがちになる譲の手綱を神崎は上手に操り、逡巡した譲は男から手を離した。いつの間に仲良くなったのだろう。
解放された男は、べそべそと泣きながら不明瞭な言葉を叫んでいる。うるさい、と譲は男が用意していた粘着テープで口を塞いだ。今度は神崎も止めなかったが、「口だけにしとけよ。鼻まで塞ぐなよ」と忠告することは、忘れなかった。
「なんで……ここがわかったの……?」
声はまだ、恐怖で震えていた。代表してまずは神崎が応える。
「気づいたのは、こいつ」
そう光希を指さした。
「光希がお前のツイッターアカウントに絡む変な奴に気づいて、ずっと見張ってたんだ。で、とうとうお前の写真撮ってアップし始めたって」
ちらりとアイコンタクトを交わし、譲が後を引き取った。
「光希と神崎さんがバイト先に現れてお前のピンチ教えてくれて、一緒に助けに来たってわけだ」
「五十嵐んちにいるときでよかったぜ。家からだと遠すぎて、お前のこと助けてやれなかったかもしれない」
「そう、ですか……」
普段なら「あんたに助けてほしいなんて一言も言ってない」と反発するところだったが、刃物を持った変態から救うために最善を尽くしてくれた神崎に、素直に恭弥は礼を言った。
まだ心臓は恐怖に揺れている。手も冷たくなって、震えていた。立ち上がることもできずに、守衛室へと電話をしている神崎たちを見守っていると、握りしめた拳を、光希がふわりと両手で包んだ。
「光希」
「ごめんなさい。しばらく会わないなんて言って、連絡もしなかったのに、どうしても御幸さんが何してるか気になって、百田さんにツイッターのアカウント教えてもらったんだ……こっそり覗いてるだけなんて、俺も変態だよね」
しゅん、と俯いた光希の頭をそっと撫でる。
「こうやって、助けに来てくれたじゃないか」
「でも! 俺は何にもできなくて……やっくんや百田さんに助けてって言うことしかできなくって……」
「当然だろ。何でも一人でできる人間なんていないよ。光希は自分ができる、精一杯をやってくれたんだから……助けてくれて、ありがとう」
光希に握られた手は、もう震えていなかった。子供の高い体温に温められて、恐怖心も次第に薄れていく。光希の目から涙がぽろり、と零れていったのを、恭弥は苦笑しながら指で拭ってやった。
「泣くなよ」
「だって、御幸さんがぁ……」
わっと抱き付いていた光希を突き放すことなんてできなかった。背中を優しく叩いて落ち着かせてやる。
「すき。すきです、みゆきさん……ほんと、無事でよかった……」
助けてほしいと願ったのは憧れの先輩だったけれど、実際に助けに来てくれたのは、年下の少年だった。
「あ? 五十嵐? うん、大丈夫。御幸も無事だし……俺? 俺は勿論平気。今守衛呼んで、きっと警察も呼ぶことになると思うから……うん、うん。わかった。でもお前も気を付けろよ。じゃあな」
神崎は千尋に電話をかけていた。言葉の端々から、千尋が恭弥のことを心から案じていたのだろうということがわかる。そして神崎が、一緒に行こうとする千尋を止めたのだということも。
あの人は優しいから、手荒なことなどできない。そしてきれいだから、男は標的を変えるかもしれないという危惧。
神崎は通話を切ると、恭弥たちに向き直った。
「たぶんこれから俺らは事情聴取付き合わされると思う。全部終わったら、五十嵐が家に来いってさ。飯、まだだろ御幸。あったかいご飯作って待ってるって」
自分と同じくらいのチビのくせに、この男には敵わない。千尋に対する想いだけは誰にも負けないと思っていたけれど、神崎には及ばない。
「……はい」
けれど自分の負けを認めるようなことは言わない。たった一言返事だけをした恭弥の腹の虫が、ぎゅる、と可愛くない音を立てた。
>17話
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