孤独な竜はとこしえの緑に守られる(10)

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9話

「それで、ベリルの状況は?」

 各大臣から上がってきた稟議書を、常人には不可能な速さで速読しながら、シルヴェステルは尋ねた。声がピリピリと威圧に震えているのは、自分よりも、この側近の方がベリルといる時間が長いのを、妬ましく思っているせいだ。

 ベリルの存在を告げた大臣たちは、自分の娘を差し出すことは拒んだくせに、人間の男に負けたことを認めたくないのだろう。腹いせだとばかりに、ろくに精査されていない書類を持ってくる。後宮での蜜月など、認めないというように。

 正式な披露後も続くようなら、こちらにも考えがある。

 シルヴェステルは獰猛な笑みを浮かべた。

「はっ」

 カミーユは主人の不機嫌さを直に受け止めて、緊張を帯びている。忠誠を誓う彼は、問いかけに正直に答えた。

「ベリル様は大変優秀です。三日で読み書きができるようになったかと思えば、図書室で書物を読み、ものすごい速さで吸収していらっしゃいます」

 ベリルの態度に職務を放棄したガレウスについて、シルヴェステルは幻滅した。報復として予算を削るなどという嫌がらせをすることはないが、それまで親しげに話していた竜王の態度が激変したことで、彼はその怒りを知るだろう。

 ガレウスに代わる講師の当てはなく、結局文字については、カミーユがすべて教えた。一文字ずつ丁寧に書き取りをしたあとの用紙を持ち帰ってきたカミーユに、シルヴェステルは内心、拍手喝采した。

 疲れたとき、こっそり引き出しから取り出して眺める、シルヴェステルのお気に入りだ。慣れない羽ペンで、太さもまちまちであった文字が、しっかりした筆遣いになっていくのが、目に楽しい。

「最近は歴史書を通読しておられるようです。近代よりも古代の本にご興味があるようで」

「ほう?」

 ガレウスは惜しいことをした。あのままベリルに快く文字を教え、講師を続けていたのならば、自分の研究への理解者がひとり増えるところだったのに。

 古代史については、シルヴェステルにも心得がある。今度部屋に遊びに行ったときの話題の種になると、カミーユに続きを促した。

「何の本を読んでいた?」

「それが……」

 カミーユが告げた書名は、まだ現代語訳がされていない本だった。つまり、ガレウスや自分のように、古代文字や文法を学んだ者にしか読むことができない。カミーユは歴史家ではないので、古代文字を知らない。なのにベリルはその本を、現代語で書かれた本を読むよりもスラスラと読み進めていたらしい。

 現代公用語に使われる文字はまるで読めなかったはずなのに、古代文字は母語であるかのように読む、ベリルはいったい、何者なのか。

 浮かんだ疑問を、シルヴェステルはすぐになかったことにした。彼が何者であろうとも、自分の妃にすると決めたのだ。

 物怖じしない、明るい性格の男だ。ただともにいるだけで、ささくれた心が癒される。

 その後、カミーユは貴族のマナーについての講義の結果も報告した。ベリルはぎこちないながらも、教える前から基準以上の動きを見せた。一部、古めかしい作法もあったが、すぐに矯正できるレベルであった。

 洗練された礼儀作法と古代文字に関する知識は、出会ったときのぼろ布を纏った姿からは、想像ができない。

 妃教育が思った以上に順調に進んでいることに、カミーユは満足そうだった。表情変化に乏しいと勘違いされがちだが、彼ほど思っていることがわかりやすい男も、そうそういない。だからこそ、シルヴェステルは信頼を寄せているのだ。

11話

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