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<9話
で? 誰がまともなもんを作るんだって?
俊の冷たい声音にウサオはしゅん、と耳と肩を落とした。二人の前には粥かと言うほどべしゃべしゃなのに根っこの部分は残っているという不思議な白飯と、水の切れていないレタスサラダ、焦げ付いてさらに塩辛い肉。逆に味のしない味噌汁が並んでいる。
見た目も味もまともとはいえない食事を前に、俊は溜息をつきたい気持ちを堪えて台所を見る。これだけのものを作るのにどうしてこんなに食器や鍋を使用するのか、料理をしない俊にはさっぱりわからないが、ウサオも「なんでだろう」という顔で流し台を見つめていたので、不本意な洗い物の量なのだろう。
朝一番でスーパー――も、どこにあるのかわからなかったくらいだ――で買い物をした後に俊は大学へと行った。昨日は休んだが、今日は家にウサオを残して出た。一抹の不安はよぎったものの、高山がいつも通りに雑用をあれこれと言いつけてきたのでそれに追われ、すっかりと忘れて家に帰った。
そしてこの惨状である。部屋の掃除も中途半端で、どころかクローゼットの中を整理しようとして崩れた様子も見受けられる。洗濯物は洗濯物で、Tシャツの首回りが伸びきっていた。
「……」
しおらしくじっと自分の作った夕飯を見つめているウサオは、しかし謝ることはしなかった。プライドが高いのか何なのか、俊に対して一言「ごめん」という言葉をかけるだけでいいのに、それすらなかった。
顔を伏せていたウサオがいきなり行動したので俊は驚いて、制止が一瞬遅れた。ウサオは猛烈な勢いで、目の前にある食事をかきこんだ。
「おい!」
お世辞にも美味いとは言えないそれを、ウサオは水を飲むことすらせずに、餓えた獣が久しぶりの獲物にありついたかのように、黙々と貪る。食べる、というよりも流し込む、と言った方が正確かもしれない。
「無理するな」
と言った途端、ウサオはぐふ、と噎せた。米粒が飛んで、床にべちゃりと落ちた。げほげほしているウサオの背中にためらいながら触れると、びくりと彼は肩を震わせて拒絶した。
「あ……」
なぜこんなにもショックなのか、俊には訳がわからなかった。おそらくウサオが予告なしに自分に触れたら同じ反応をするだろうが、俊には接触を避ける理由があるが、ウサオにはない。なのにどうしてこんな反応をするのか、わからない。
だがその疑問もすぐに氷解した。ティッシュで口元を押さえて息も絶え絶えといった雰囲気のウサオが、途切れ途切れにこう話したからだ。
「ウサギ……さわん、の、やだろ……?」
ウサオが接触を嫌がったのは、俊のことを考えたからだった。動作は雑だし、ウサギには見えないほど筋肉隆々のウサオだが、その心は繊細で、いろいろと考えているのだということを目の当たりにして、俊は動きを止める。
きっと失敗作を口にしたのだって、俊が金を出して買ってきた食材を無駄にしてしまうのが嫌だったのだろう。意地っ張りなところもあるのか、何も言わないが。
深呼吸をして、意を決して、もう一度ウサオの背に触れた。大丈夫、背中だ。頭や尻というウサギのパーツを宿した部位ではない。
「大丈夫だから。……明日、料理本買ってくるから、それ見ながら勉強してくれ」
きょとんとした表情で俊を見つめていたウサオは、涙の浮かんだ目で――感動した、という訳ではない。苦しくて生理的に出てきた涙――にっこりと笑って頷いた。
>11話
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