重低音で恋にオトして(7)

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6話

 あの日、響一自身の言葉が心に残っていると語ってから、彼はずいぶんと気を許してくれた。ようやく友人になれたのか、響一の口から敬語が消えた。

 嬉しい変化であったが、もともとのお喋りの練習台という側面は鳴りを潜め(最初から練習になっていなかったのかもしれない)、もはや一方的に、敬士が響一に世話になっている状態である。

 普段はスマホでやりとりをして、都合のつくときに学食で直接教えてもらっているのだが……ここ最近の響一に、敬士はついていくことができないでいる。

 最初に変わったのは、髪型だった。

 長く鬱陶しかった前髪を、邪魔にならない程度に整えてすっきりした。感想をねだる響一に、「イケメンになった! 似合ってるよ」と即答すると、彼は嬉しそうだった。

 そのとき、服はどうしたらいいかも尋ねられた。スマホでSNSの写真を見ながら、今の流行だとか、もっと脚の長さを活かしたスタイルにする方がいいとか言っていたら、次のときにはマネキンがそのまま歩いてきたのかというような、洗練された服装でやってきた。アクセサリーまでしている。

 それから眼鏡も、野暮ったい分厚いフレームの年代物ではなくて、薄いレンズを使い、彼の顔立ちが際立つデザインのものになった。

「服を変えても、背中丸いままだとかっこ悪いぞ」

 という忠告にも素直に従い、癖になっていた猫背の改善に努めている。

「だからこれは~……」

 敬士の教科書を指し、解説をしてくれる響一の顔を見つめた。

 これまでよりも目が大きく見える。芋臭い、オタクっぽい服装から一転、理知的な美丈夫に早変わりである。

 年を経ても、輪郭は丸みを帯びたままで子どもっぽい顔立ちの自分に勉強を教えている様は、家庭教師か何かのように見えるに違いなかった。

「敬士くん? 聞いてた?」 

 じとりと非難がましい目を向けられて、敬士は正直に、「ごめんなさい。聞いてませんでした……」と謝った。呆れることもなく、最初から解説してくれる響一は、やはり神である。

 装備品を全部取り替えた響一は、他人の目を惹いた。

 見た目で判断されていたが、実際の響一は、相手を無碍に扱うことはなく、誰に対しても気を遣うことができる男だ。言葉数が少ないのは慎重さからだとわかれば、信頼を寄せてくれる相手が増えていった。

 そうだろうとも。響一は、こんな馬鹿な敬士に対しても礼儀を忘れず、何度ミスを繰り返しても、ぶち切れたり呆れたりしない。心がもともと、イケメンなのである。

 最初は自分の影響で変身していく響一に、鼻を高くしていた敬士であったが、次第に焦りを覚えていた。

 オレだけが知っている、響一の顔だったのに。

 特に不満が爆発することになったのは、なんと、石橋の取り巻きだった女子学生たちが、響一にターゲットを変更してきたことだった。

 今日もどこから聞きつけてきたのか、学食で教科書を広げていると現れて、ちゃっかりと彼の両隣に陣取った。

 長い髪をくるくる巻きつける指は、ネイルでごてごてに飾られていた。敬士は面白くない気持ちでいっぱいになりながら、女たちの爪に載せられたストーンを無心で数えた。

「キョーイチくんって、ドイツ語なの~? フランス語わかる? あたしたち、フランス文学科なんだけど、マジわかんないの」

「来年からドイツ文学科に変えようかなあ。そしたらキョーイチくんに教えてもらえるもんねっ!」

 身なりを整えたら、石橋よりも響一の方がイケメンで、将来有望だということに今さら気づいたのだろう。

 大学に彼氏、ひいては結婚相手を探しに来ている女子はほかにもいるだろうが、それにしたってこの二人は、態度が露骨すぎる。

 響一は、これまで友人らしい友人もいなかったものだから、急に女性に絡まれて困惑している。悲しいことに、押しの強い女に彼は弱い。ストレートに突き放すことができず、ただおろおろするばかりであった。

「ねっ。今度はあたしたちにも、英語教えてよ」

「男ふたりの勉強会なんて、味気ないっしょ?」

 そう言って、響一の腕を無理矢理組んで、自分の胸を押し当ててセックスアピールする女たちに、敬士は静かに切れた。

 バーン、とテーブルに手をついて勢いよく立ち上がると、きゃあきゃあ言っていた女と響一が、一斉にこちらを向く。

「響一。今日この後実験だって言ってただろ。しかも準備に時間かかるやつって」

 響一はあからさまにホッとした顔で、怯んで力が弱まった隙をついて、女たちの腕から逃れた。

「うん。そうだった。忘れてた。ありがとう、敬士くん」

 華麗に女たちを無視して、連れ立って食堂を早足で抜け出した。

 別に嘘は言っていない。次が実験なのは本当だ。ただ、準備は担当講師が来てからのスタートなだけだ。

「ありがとう。俺、まだああいうとき、どうしたらいいかわからなかったから、助かった」

 食堂から離れ、医学部の校舎前まで一緒にいった。敬士も次の時間は講義があるので、とんぼ返りしなければならないが、少しくらいなら立ち話に付き合うことができる。

「やっぱり、周りの連中の態度って変わった?」

「うーん」

 言いにくそうに曖昧に笑って、微かに頷いた。

 これまでは必要最低限の事項のやりとりしかなかった同級生たちから、急に雑談メッセージだとか、コンパの誘いなどが増えたという。

 本当、顔しか見てない連中が多くて嫌になる。男も女も、見た目で響一のことを判断して、親しくなろうとも思わなかったのだ。

 敬士は苦々しく思う。自分の助言で響一がいい方に変わったのは嬉しいことだったが、まさかこんな副産物に悩まされることになるとは。

 響一に苛立ちをぶつけるわけにもいかず、敬士は自分の感情を抑えて、「これからもああいうのが来たらウザいから、別のところでやらない?」と、提案した。

 パッと顔を輝かせた響一は、眩しかった。先程までしょぼくれた犬のような表情だったのが、一気に太陽の明るさを取り戻す。

 確かに顔も整っているし、声なんて極上品だけど……でも彼は、それだけじゃない。

 彼の本当の姿、いいところは、自分だけが知っていればいいのだ。

「でも、どこにしよう」

 提案したはいいものの、ちょうどいい場所の心当たりはない。図書館では満足に喋れないし、ファミレスや喫茶店は、学食と比べると割高だ。

「じゃあ、うちでやらない? 学校終わってからだから、ゆっくりできるし」

 思ってもみない申し出に、敬士はドギマギして、一度断った。

 酔っ払って介抱してもらったとき以来、響一の家に行ったことはない。初対面のときは不可抗力だから仕方ないとはいえ、憧れの人の家に上がり込んでしまったことを、悔いていたし恥じてもいた。

 それでも、家主自身に「いいから。俺がうちでゆっくりやりたいんだ」と強く誘われると、敬士は断ることができなかった。

8話

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