断頭台の友よ(38)

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十字架 ライト文芸

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37話

「先程、胸がドキドキと苦しいとおっしゃっていましたが、何か悩みごとでもあるのでしょうか?」

 不安感に襲われると、胸のあたりが詰まり、呼吸が浅くなる。漠然とした不安の正体を紐解いていけば、たいてい、具体的な悩みが現れるものだった。

「ええ……そうですわね……」

 悲しそうに目を伏せるが、彼女は何も言わなかった。言いたくない人に、無理に口を割らせることはしない。これは拷問ではなく、診察だ。

「私に言いたくないのであれば、構いませんよ。ご主人でも、シモン殿でも、オズでも、夫人が信頼できる方に相談なさったら、胸のつかえも取れるでしょう」

 無理に聞き出すつもりではないかと構えていた夫人は、ほっと肩の力を抜いたようだった。医者が患者を緊張させては、治るものも治らない。

「日記に書き出してみるのもよいかもしれませんね。文字としても残しておくのがお嫌なら、びりびりと破って、川に流してしまえばスッキリしますよ。私もよくやります」

「あら。先生も?」

 先生という呼び方に、クレマンは微笑んだ。友人の友人ではなく、一人の医者として認めてもらえた証である。信頼関係があればこそ、クレマンの薬は効く。

「あとは、お茶を変えてみましょうか。今日持参したハーブティーは、心を落ち着かせる効果があるので。夜の紅茶は、余計に眠れなくなるだけです」

「まあ! 私、温かい飲み物であればすべて眠りを誘うものだとばかり……」

「淹れ方はシモン殿にお伝えしておきます」

 そう言って、クレマンは薬の調合を始める。見ていても面白いものではない。クレマンは隣の部屋でボードゲームに興じる二人のところに行ってはどうかと勧めたが、マノンは首を横に振った。

「私の体に入れるものができるところを、見ておきたいのです」

 老練で気難しい医師であれば、「毒でも入れるとでも?」などと、怒りをあらわにするところだ。しかし、マノンの目には疑念のかけらもない。

 クレマンは、彼女に原料をひとつひとつ見せ、説明をして安心させるのに努めた。一部の原料は確かに、過剰摂取は毒になる。あるいは、基本的には薬だが、特定の部位にだけ毒があるもの、また、その逆。堕胎薬に使った紅花や鬼灯の根がそうだ。調べようと思えばわかってしまうこと。クレマンは包み隠さず、すべて説明した。

「これは、ラックベリーの種を砕いたものです」

「ラックベリー? 私、好きよ。うちの庭にも植わっているわ」

 ラックベリーはこの国では一般的な果実だ。秋に黄色い実が熟し、弾け飛ぶ前に収穫する。足の速い果実であるため、生で食べることができるのは、摘み取った当日中だけ。あとはすべて、砂糖と煮詰めてジャムにする。生食の風味には劣る。春に咲く白く小さな花も可愛らしく、匂いもよい。そのため、観賞と食用を兼ねて、庭に植えられることの多い果樹であった。

「実は問題ないのですが、種は誤って飲み込まないように。調合の専門家以外には、扱いが難しい劇薬です。摂りすぎると、脈が弱まって死に至ります」

「まぁ……!」

 ありふれた、見慣れた木の知られざる真実を知り、マノンは心底驚いていた。淑女たる彼女が種を食べるわけないのだが、「気をつけますわ」と、彼女の返事は素直なものだった。

 粉末を薬さじに一杯分だけいれる。

「この量であれば、奥様の動悸を鎮めてくれる効果が期待できますよ」

 恐ろしいものを見る目つきで、クレマンの調合を見守っているマノンに、苦笑しながらきちんと説明する。

「そう。そうなのね……毒……」

 口元に手をやり、マノンはじっと、ラックベリーの種から目を離さない。なんとなく不穏な空気を感じたクレマンは、素早く粉末をしまい、次の原料の説明を始めた。

 そうやって出来上がった粉薬を、マノンは礼を言って受け取った。使用の際の注意事項を一切聞き漏らさないように、真剣に耳を傾けている。

「いずれは薬がいらなくなるように。お悩みの元凶を取り除くことも、いずれできるとよろしいですね」

「そう、ね。それができたなら、私、よく眠れるようになると思うわ」

 言いながら微笑むマノンの顔には、優美な豊穣の女神の面影はない。

「奥様? マノン様?」

 一瞬、彼女が暗い笑みを唇に浮かべている気がして、名を呼ぶクレマンに、彼女はハッとして、優しい表情を取り戻した。

「何でもありませんわ! 本当に、ありがとうございます、先生」

 明るく礼を言われて流したが、クレマンの脳裏には、引っかかったままであった。

 三女神に入れなかった女神……死の眷属たる夜の女神のごとく、目に光のない、彼女の笑みが。

39話

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