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<29話
「なんであんたがいるのよ!?」
ヒステリックに叫ぶと、周りにいた人たちが何事かとこちらを向く。そして目つきの悪い学ランの金髪男を視界に入れると、慌てて視線を逸らし、そそくさと逃げていく。
風子は周囲の様子など気にせずに、「崇也センパイ! どうして?」と、嬉しそうにしている。
花火大会以降、二人は連絡を取り合っている様子はなかった。時々、風子がスマホを放置してトイレに行ってしまったときなんかに、中を確認していたけれど、風子が一方的にメッセージを送り、既読スルーされている状態だった。
こうならないように、風子からチケットを取り上げた。他に百合が原に知り合いがいるとは、到底思えない。どうして入れたのか。チケットを偽造したんじゃ。やりかねない顔をしているもの。
「俺だよ」
男を睨みつけていると、肩を叩かれた。裏切り者は、自分が悪いなどとは一切思っていないような顔で、私の名を呼んだ。
私の分のチケットを欲しがったのは、学校の友達を誘うためじゃない。最初から、この男を連れてくるつもりだったのだ。
「なんで」
なんで、この男にチケットを渡したのか。そもそもなんで、この男の連絡先を、哲宏が知っているのか。
幼馴染みは、疑問詞だけの私のセリフの裏にあるものを全部読み取ってくれる。それだけ察しがいいのなら、私がこいつを排除したいと思っていることだって、わかっているはず。なのにどうして、思い通りにならないの。
「花火大会で、お前帰ってこなかっただろ。そのときに、連絡先を交換した。天木とのことで悩んでいたから、直接会って話すべきだって、文化祭に誘ったんだ」
余計なことばかりする。哲宏は、私の味方じゃないの? 夏休みは、一緒に勉強会をしてくれたじゃない。
「お前は、天木に執着しすぎだ」
「執着? 人聞きの悪いこと、言わないでよ!」
私はあの子の親友で、姉。私の眼鏡にかなわない男は全員、風子に近づけさせない。大切に大切に、ここまで守ってきた、可愛くて、可哀想な風子。
「天木のことばっかりで、周りが見えていない」
「周り……あっ」
おそらく哲宏の言いたいことはそうではないだろうが、私はハッとして、男と風子がいたあたりを振り返った。いない。哲宏の相手をしていたら、見失ってしまった。
追いかけなきゃ。
走りだそうとした私の手首を、哲宏が掴む。ギリリと締めつけられて痛い。それだけ、彼は本気で私を止めようとしている。
「なんで邪魔するの!? フーコが傷ついてもいいのっ?」
「どうして傷つくこと前提なんだよ」
「あんな不良男、お遊びに決まってるじゃない!」
やれやれ、と哲宏は首を横に振る。
「傷つくことがあったとしても、それは天木が選んだ道だ。傷つく可能性があることを、たとえ無意識であってもわかってて、あいつは選んでる。お前の出る幕じゃない」
「……もういい!」
哲宏の言い分は、まるで理解できなかった。けれど、理解できない自分が恐ろしいような気もしてきて、それ以上彼の視界に入っていたくなかった。
強く振り払い、私はあてもなく、風子たちの姿を探した。
あの子のことだから、きっと、自分の模擬店には必ず連れていくに違いない。相手の都合や好みを考えて案内するなんて気遣いは、できない。
風子のクラスに着くと、案の定、金髪頭が見えた。周りを同級生に囲まれている。
「天木さんの彼氏?」
冷やかされて、風子はまんざらでもなさそうな顔。金髪男は、普段と違い、女子に囲まれて圧倒されているのか、照れているのか、沈黙して視線をさまよわせている。
風子が何か言う前に、私はダッシュで接近して、「彼氏なんかじゃない!」と喚いた。
すると、「またあんたか」という冷たい目を向けられる。ひとりじゃない。複数人だ。今日は負けるわけにはいかない。
「あんたには聞いてないんだけど」
それだけ言って、私を無視し、風子に再び問いかける。
「えっと、彼氏……ではないんだけど」
と、ほんのり染まった頬を掻きながら言う風子は、誰がどう見ても、恋する乙女だった。金髪男本人にすら、彼女の気持ちは筒抜けだろう。とうとう、自覚してしまったのか。こうなる前に、引き離したかった。
ダメ。風子は渡さない。絶対に許さない。
「あっ! おじいちゃん! おばあちゃん!」
風子の祖父母までやってきた。私は少しだけ落ち着く。風子の保護者である二人が、こんな不良との付き合い、許すはずがない。風子のクラスメイトだって、納得するに違いない。
おじいちゃんが頑固に拒絶してくれることを期待していた。
なのに。
「おじいちゃん、おばあちゃん。この人が、崇也センパイ。前に話したでしょ? あたしのこと、助けてくれたの」
「初めまして」
不良というのは、こういうときに有利なのだということを知った。見た目がマイナスな分、ごく当たり前に挨拶をするだけで、意外と礼儀正しい、と加点される。
「風子さんとは、仲良くさせていただいてます」
無口で愛想がない男だが、風子の祖父母に対しては礼を尽くした。
ダメ。騙されちゃダメ。こいつは風子をたぶらかそうとしている。風子が、お母さんみたいになっても、いいの?
祖父母は「孫が世話になってます」と頭を下げた。深く皺の刻まれた目尻を下げて、可愛い孫娘に親しい男子がいることを、歓迎しているように見える。
どうして。
「フーコ! 私の言うことが聞けないの!?」
私は風子の肩を掴み、こちらに向けようとした。
けれど、彼女は私の手を叩き落とした。明確な拒絶。痛くもかゆくもないけれど、私はしばし呆然とする。手の甲が痺れるような感覚に襲われる。
あんた今まで、私に逆らったこと、一度もなかったじゃない。
冷たい視線は増えていた。風子のクラスメイトだけじゃない。通りかかっただけの見知らぬ生徒も、外部の招待客も、冷めた目をしている。風子の祖父母も、私のことを可愛い孫の親友ではなく、敵であるかのように、睨みつけてくる。
ああ。四面楚歌っていうのは、こういう気分なんだろうか。
「マジウザ」
「前から思ってたけど、天木さんのこと、何だと思ってるの?」
「あんたは友達じゃない」
「男だったら、モラハラDV彼氏ってやつ?」
「早く自分の教室帰れよ」
異口同音に浴びせられる言葉は、次第に風子の声で再生される。
ようやく、わかった。
周りから浮いていたのは、風子じゃない。
私の方だった。
>31話
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