成長期ヒーロー(1)

スポンサーリンク
BL

 学園祭が終わってから一週間。ようやく祭りの気配も落ち着いてきたものの、今度は気の早いクリスマスの話題で騒がしい、学生食堂。そこにふさわしくない溜息がひとつ。

「いらないならもらうぞ」

 友人の百田(ももた)(ゆずる)が箸を伸ばしてきたので、御幸(みゆき)恭弥(きょうや)は慌てて死守をした。ちぇ、と譲は言うが、その表情はちっとも残念そうではない。むしろ気遣うような目をして、逆に自分の皿の上のコロッケを一切れ、恭弥の皿に入れる。

「別にお腹空いてて元気ないわけじゃないから。もらうけど」

 いや、食うんかい! という譲のツッコミをさらっと聞き流してコロッケを口に運ぶ。

 行儀よく飲み込んでから、「大学、やめようかなぁって」と吐き出した。

「はぁ? 辞める? なんで! そしたら俺なんのためにこの大学に来たの!」

 普通大学進学は自分のためにするものだろうが、譲に関してはそうではなかった。

「それは僕の問題じゃないし……」

「御幸だって、親の反対押し切って来てんのにさぁ、なんで?」

 地元・京都にもいい大学はたくさんある。恭弥の成績ならばよりどりみどりだったにも拘わらず、遠く離れた東京の大学を選んだのには理由があった。とても陳腐で、感傷的な理由だ。

 憧れの先輩を追いかけて上京してきた。学部はまったく違うが、人でごった返す食堂でも、その存在はすぐに見つけることができた。それは恭弥が恋焦がれているからではなく、物理的に彼の背が抜きんでているせいだった。

 話したのは一度きり。見ているだけで幸せで、そのためだけに()(おう)大学への進学を志した。

 進学理由が純粋に学問のためではない恭弥のモチベーションは、二つの理由で下がっていた。

 一つは先輩の姿を見つめているときに気づいた、隣にいる男の存在だった。先輩の隣にいるのがモデルのような美女であれば諦めがついたものの、いたって普通の男(しかも恭弥と同じくらいの身長しかないチビだ)が親しげに話していた。

 その男と先輩を引き離すべく、恭弥は宣戦布告をした。先輩の隣にあなたはふさわしくない、と。相手も一歩も引かなかったので、賭けをした。

 学園祭の女装コンテストで恭弥が優勝したら、言うことを聞く。

 自慢ではないが、恭弥の顔立ちはその辺の素顔不詳の女子学生よりも可憐だ。化粧などせずとも肌は白く目鼻立ちもはっきりしている。それに身長の割に顔が小さくて手足が長いので、スタイルもよく見える。

 中高一貫男子校で姫と呼ばれていた実績は伊達ではない。自信があった。

 先週末のことを思い出すと、また溜息が漏れる。愛想を振りまいていた恭弥は、女装コンテストで優勝した。これで先輩の傍から目障りなネズミがいなくなる。そう思った矢先、突然司会者が信じられないことを言いだした。

 優勝は御幸恭弥。けれど得票数一位は、違う。

 はぁ? と喧嘩腰で詰め寄ろうとしたとき、司会者はびしりと指さした。

「得票数一位は、なんと! アシスタントを務めてくれた千尋(ちひろ)ちゃんだ!」

 学園祭実行委員として女装をしていた五十嵐(いがらし)千尋は、信じられないという表情をしていた。信じたくないのは恭弥の方だった。

 千尋は完璧な王子様だった。一九〇センチに届きそうな長身。鋭く見えて、柔和な笑顔を絶やさない美貌。恭弥にとって、彼は王子様であり続けなければならなかった。けれどそのときの千尋は、自分などよりも美しく完璧な、お姫様だった。

 混乱した恭弥は「こんなの五十嵐先輩じゃない!」と叫んで、優勝トロフィーも受け取らずに逃げ出したのだった。

 その時の嘆きっぷりを知っている譲は、「ああ」と頷いて同情の目を恭弥に向けた。

「それに、変なのも多いし……」

 恭弥はスマートフォンでSNSのホームを開き、リプライの通知が十件以上ついているのを見て、あまりの気持ち悪さに唸った。

 女装姿を学園祭で披露してから、SNSでのフォロワー数が一気に増えた。ちょっとした芸能人並である。その中に熱心なファンが一人いる。最初は普通に相手をしていたのだが、発言に不穏なものが混じって来始めて、困惑している。

 ふと顔を上げると、心配で仕方がないという顔の譲と目が合った。彼は過保護だ。でも甘えてしまう。

「大丈夫だよ。特に直接何かされたってわけじゃないから」

「でもなぁ……ほんと気をつけろよ? 御幸は可愛いんだから」

 そう言って譲は、今度はミックスフライ定食のアジフライを半分、恭弥の皿に入れた。今日は六時限目まであるので、ありがたく恭弥は箸をつけた。

2話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました