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<45話
柏木は、ぽつぽつとコマ切れに話していたかと思うと、怒涛の勢いで喋ることもあった。聞いていると、誰かとの交流のシーンはつまらなさそうに、逆に脱オタを極めるために努力したあれこれについては、楽しそうに話しているのがわかった。
最初は誰かと仲良くなりたい、高校での同級生になじみたいという目的があってやっていたことが、最終的には逆転した。オタクらしい態度で一般的な女子高生の知識を得ることが楽しくなってしまった柏木を、俺は尊敬すらした。
「呉井さんや明日川と、スマホでやり取りするようになって、顔知ってる人とオタトークするのが楽しくて、油断してたあたしが悪いんだ」
柏木は、SNSではオタクであることを隠していなかった。匿名だが、顔写真を掲載していないオープンアカウントで、同じ作品やキャラクターのファンとリプライを送り合うことを、楽しんでいた。
「これ、見てほしいんだけど」
個別にやり取りできるダイレクトメッセージを、柏木は俺たちの前に開示した。適当な数字を羅列したままのアカウント名に、アイコン未設定の何者かのアカウントから送られてきたメッセージを読んで、息を飲んだ。
「ぬいぐるみに手作りの洋服着せて、写真を撮ったの。もちろん、顔は映らないように配慮した。でも、気づいてなかったんだけど、制服が映り込んでて……」
謎のアカウントは、「柏木なつめだな」と名指しでメッセージを送信してきた。そのときの柏木の恐怖を考えると、いたたまれない気持ちになる。何も返信できないままの柏木に、そのアカウントは立て続けにメッセージを送りつける。
『ギャルのフリをしているキモオタ女』
罵倒され、柏木は悩んだ。
『ばらされたくなければ、呉井円香に嫌がらせをしろ』
という文面を見た瞬間、思わず拳を握っていた。隣を見れば、呉井さんも唇を噛みしめている。
呉井さんのことが嫌いなのは、仕方がないことだと思う。俺とて、今までの人生の中で、「こいつどっかで死んでくんないかな」と脳裏をよぎった相手の一人や二人いる。万人を許すことができる博愛精神を、凡人の俺は持ち合わせていない。
許せないのは、柏木を脅しつけて自分の手を汚さないことだった。たぶん、相手は男だと思う。メッセージの口調もそうだが、女はこういうことをする奴は少ないと思う。周りに圧力をかけて、自分の意見に同意させ、集団で悪意をぶつける。そんなイメージがある。
相手の男は、表立って呉井さんに嫌悪の感情をぶつける勇気もなく、愚痴を言うことができる友人もいない、ひとりぼっちの寂しい奴だろう。頭の中に一人ひらめく人物がいたが、憶測で物を言うのはやめておこう。
「めちゃくちゃ悩んだ。でもあの日、音楽室に忘れられた呉井さんの筆箱を見て、魔が差した。あれは、あたしのせいです。本当に、ごめんなさい」
頭を下げた柏木は、顔を上げて言い募る。
「でも、手帳をぐちゃぐちゃにしたりなんてしない。あの日、あたしが教室に忘れ物を取りに行ったときには、もうああなってた。信じてもらえないかもしれないけど!」
「信じますわ」
即答した呉井さんは、続いて俺の顔を見る。俺も慌てて、何度も繰り返し頷いた。柏木は、しくしくと泣いた。
柏木が落ち着くまで、俺も呉井さんも黙って見守っていた。しばらく泣き続けた柏木は、ごしごしと目元を擦り、最後にひとつ、大きくしゃくりあげた。
「あたしも、この事件の真相が知りたい。だから、できることがあったら言って」
このとき呉井さんは、ぞっとするほど美しく笑っていた。
>47話
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