迷子のウサギ?(45)

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44話

 いつもの寝起きと違って、意識がすっきりとしなかった。というか、いつ眠りに落ちたのかも、ウサオにはわからなかった。

 視界がはっきりしてきて、がばりとウサオは身体を起こした。途端に眩暈に襲われるが、それを堪えるべくじっと目を閉じてから、ゆっくりと開く。そうするとだいぶマシになって、辺りを見渡す余裕ができる。

 俊と一緒の寝室しか、記憶喪失のウサオは知らない。けれど、ここは見覚えがない。窓のない、薄暗い部屋は、どうしてか、ウサオの最も恐れる牢獄に、よく似ていた。

 ベッドの上で発情して、男を銜えこむことだけを望む、ウサギたち。まるでその一員になってしまったような錯覚を起こして、ウサオは再び、強い眩暈に襲われる。

 ここは、どこだ。どうして俺は、こんなところにいるんだ。少しずつ、意識を失う前のことを思い出す。確か、俊が帰ってきたんじゃなかったか? いいや、違う。チャイムを鳴らさずにドアノブを弄り回す小さな音を、高性能なウサギの耳がキャッチして、それを、「俊が帰ってきて、鍵を開けようとしている音」だと勘違いした。扉を開けたときに見えたのは、俊ではなく。……誰?

 悶々と悩んでいるウサオは気が付かなかった。

「おや、目を醒ましたかい? みなとくん?」

 扉をくぐり、やってきたのはやはり見知らぬ男だった。自分を気絶させた男とも、また違う。記憶の片隅にうっすらと残っているのは若い茶髪の、背の高い男であったが、今ウサオをにやにやと見つめているのは、背が低いが筋肉質の、スーツ姿の中年の男だった。

「みな、と? 誰?」

 聞き覚えのない名前に、ウサオはきょとんとした表情を浮かべる。そうすると、その表情が「ツボ」だったのか、男は更に唇に浮かべた笑みを濃くして、ねっとりとウサオに視線を絡みつかせた。

「記憶喪失っていうのは本当だったみたいだね」

 身の危険を感じた。逃げる隙を伺いながら、男の正体を見極めようとする。

 男の身なりはいい。ウサオは無知だけれど、直感的に仕立てのよいスーツだということはわかる。ネクタイとシャツ、スーツの組み合わせも嫌味なく、自分自身に一番似合うものを知っている。髪の毛は撫でつけられて一糸乱れぬ状態で、髭も丁寧に整えられている。ただ一点、ウサオのセンスに合わないのは、きついコロンの臭いだった。

 金持ちだが、成金の臭いはしない。全体的に趣味はいい。おそらく社会的地位も高いのだろう、とウサオは予測するが、この男が自分とどういう関係にあるのだろうか。ウサオは首を捻る。

「まだ思い出さないのか?」

「……誰……?」

 まさか家族だというのか。年の頃から言って、自分の父でもまぁ、おかしくはないだろう。ウサオは鼻を小さくひくひくと無意識に動かした。……いいや、違う。コロンでかき消されているとはいえ、小さく伝わってくる男自身の体臭は、ウサオを不安にさせ、不快な気持ちにさせるだけのものだ。肉親であれば、もっと安心できる匂いが混じっているに違いない。

「……湊くんは、やっぱり、ウサギの耳がよく似合うね」

 ぞわり、と背中が寒くなった。肌が粟立つ。やっぱり? もしかして……反射的に、ウサオは逃げ出そうとする。しかし男はそのずんぐりとした体格からは想像がつかないほど素早く、ウサオの腕を強く掴み、ベッドに再び押し付けた。

 その瞬間、フラッシュバックする。キーン、と耳鳴りがした。奔流のように溢れてくるのは、今まで生きてきた、ウサオの……いいや、倉橋湊としての、記憶だ。湊の人生と、ウサオとして生きたこの数か月が入り混じり、ウサオの中に定着をする。目を閉じて、開けたとき、ウサオは湊へと戻ったが、ウサオでもあった。名前を思い出し、自分自身の自我を取り戻したところで、ウサギの耳と尾は、消えてなくならない。

 見開いた目は、男を強く、睨みつける。

安藤あんどう……ッ」

 ようやく思い出したのか、と目の前の男――安藤は満足げに笑った。それは、すべてを支配できると思っている男の顔だった。

46話

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