迷子のウサギ?(44)

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43話

 はやる気持ちを抑えきれずに、そわそわしながら新幹線に乗っていた。上りの新幹線は空いている。皆、東京から地方へと帰省するので、逆に都会へと向かう自分は珍しいのだろう、と俊は思った。

 家に着いたらどうしよう。いきなり帰ったらウサオは驚くだろう。ウサオと話がしたい。一緒に暮らしていることが楽しくて、幸せだ。記憶なんて戻らなくてもいい。お前と過ごすのが、俺にとっての一番の幸せなんだ――そう伝えるのは、電話だと味気ないし心の準備もまだできていないから、何の連絡もしていない。

 ウサオから来たメールは開いてすらいなかった。今、一通一通開封して、読み始める。

『俊の実家って、どこ?』

『帰ってきて、話そう』

『メリークリスマス。ケーキは帰ってくるまで、おあずけだな』

 そんな他愛もないメールばかりだった。きっと、自分を追い詰めてはいけないとでも考えていたのだろう。何か俊からの返信が欲しくて、けれども負担にはなりたくないと考えての、メール。

 無視してて、ごめんな。俊は心の中でそう呟いて、スマートフォンをぎゅ、と握った。それと同時に着信を知らせる振動がきたものだから、驚いた。

 画面を見ると、笹川からの着信だった。数少ない周りの客の目を気にして、足早にデッキへと向かい、電話に出る。

「もしも」

『遅い。今どこにいる』

 もしもし、すら言い終わらないうちに笹川は冷たい声で俊を叱責する。声には緊張感がみなぎっていて、これはただごとではないと判断し、俊は言い返すことすらせずに、「新幹線の中です。実家から、アパート戻ろうとして」と答えた。

 笹川の長い溜息の後ろで、「俊! 俊につながった!? ばか! 俊のばかぁ!」とポチの泣き声が聞こえた。まぁ罵倒されても仕方がないか、と思っていると、笹川が「いいか、よく聞け」とより低いトーンで言う。

『ウサオが、誘拐された』

「え……」

 目の前が真っ白になった。なんで、どうして。疑問符が頭を駆け巡るが、言葉にはならない。心臓の音が耳元でやけにうるさかった。

 ポチがきゅうきゅうと鼻を鳴らして、「浩輔! ウサオのところ行かなきゃ!」と進言したのがきっかけだった。こういうときのポチの野生の勘というものを、笹川は無視しないようにしている。

 俊を待ってウサオが一人で過ごしているアパートの部屋に急行すると、鍵がかかっていなかった。外に出て襲われた一件以来、ウサオはチャイムが鳴ってから、笹川たちだということがわかってから鍵を開ける。なのに、おかしい。

 ポチが勢いよく入ろうとしたのを笹川は止めた。嫌な予感しかしない。これ以上指紋をつけないように、笹川は持っていたハンカチを取り出した。

 室内には誰もいなかった。……誰も、だ。ポチは不安そうな鳴き声を上げて、笹川を見つめる。

「ウサオ、ウサオぉ……」

 虫の知らせは、果たして正しかった。ウサオが一人で出ていくはずがない。いいや、二人であっても、確実に人目を遮断した状態で、笹川や高山が車を回しているときでなければ、ウサオが外に出るはずが、ないのだ。

 誰もいないことを確認して、笹川は藤堂へと連絡を取った。そのとき二人の脳裏によぎったのは、ウサオのトラウマにもなっている、男のことだった。

 錦慎二。なかなか保釈金を用意できずに留置されていたが、つい先日、保釈金が支払われて、ひとまずの自由を手に入れた男だ。被害者へと復讐をすれば、もう後がないというのにそんな馬鹿なことをするはずがない、と藤堂も笹川も思いたかった。

 藤堂はすぐに鑑識を連れてやってきた。指紋は検出されない。ポチは子供に返ってしまったかのように笹川の足元にへばりついて、きゅんきゅんと鼻を鳴らしている。ポチの頭を撫でてやって、仕方がない、と俊に笹川は連絡をした――とのことだった。

『本当は俺としては、お前たちの問題だから干渉しない予定だったんだが……ウサオが誘拐されたとなると、そうはいかない』

「それで、ウサオは……」

『まだなんの手がかりもないな。今、藤堂刑事が錦のところに事情聴取に行っているが……果たして申請した場所にいるかどうか』

「錦……」

 またお前が、ウサオを傷つけようというのか。俊は唇を強く噛んだ。

『とりあえず今のお前にできることはないな。まずは無事に帰って来い』

 笹川は俊に到着予定時刻を確認して、「迎えに行く」とだけ言い、通話を切った。

 スマートフォンを握りしめていた俊の手は、汗ばんでいるし、緊張で震えている。緊張? 怒りの方が強いだろうか。錦の顔を思い出すだけではらわたが煮えくり返りそうになる。

 できることは何もない、と笹川は言った。けれど、俊の掌に乗る端末を使えば。

 ――確かまだ、消していなかったはず。

 消してしまいたいのはやまやまだったが、それはそれで不都合が生じると友人に説得されて、嫌々ながら残した、錦の番号。

「あった……」

 一度もかけた記憶はないが、出会ったばかりの頃に番号交換をしていてよかった。自分の番号を見た瞬間に、向こうは通話を切るかもしれないが、諦めずに何度だってコールを鳴らしてやる。

 ――ウサオ、待っててくれ。

 たとえ非力な腕であっても、お前のことを守りたいんだ。錦の元にいるとしたら、また襲われて無理矢理抱かれそうになっているかもしれない。

 想像しただけで、ぞっとした。俊のことを襲ってセックスしたことでできたウサオの心の傷口を、更に深く抉るようなものじゃないか。

 ――出てくれ、頼む。

 本来ならば、聞きたくもない相手の声が応じるのを、祈るような気持ちで待った。

45話

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