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<25話
頬を押さえながら、舞い上がりそうな気持ちでいっぱいの映理に、「俺、高校のとき演劇部だったんだ」と小さな嘘をついた。
「本当に? 裏方じゃなくて、役者をしてたんですか?」
「疑い深いんだな……役者として舞台に立ってたよ」
ただし、部活ではなくて商業の世界の舞台だが。
それこそ、有名作品のメガホンを取った監督の演技指導を受けたこともある飛天は、少なくとも演技にかけては太陽よりも上だと自負している。
「だからさ、練習付き合うよ」
何なら撮影も見学しに行く気満々である。
自分の才能に酔っている節のある太陽を、ぎゃふんと言わせてやりたい。映理の演技指導をするのはあいつじゃない。俺だ。
素人女優の映理が、監督である自分の指導なしに、ここまでやれるなんて。
そう言わせれば、飛天の勝ちである。
映理は飛天の申し出を歓迎してくれた。
「どこで練習しましょうか」
声を出したり動いたりするのに、普段行くような喫茶店では無理だ。かといって、プライベートの用事のために会社の練習場を間借りするわけにもいかない。
「私の家でやります?」
映理の家? 東丸物産社長の家? どんなお屋敷だろう。
興味はあるが、すぐに無理だと首を横に振った。
「いきなり男を連れてったら、君の両親が驚くだろ」
男嫌いだった娘が、突如として家にまで男を招き入れるのは、大事件だ。それに、飛天としても彼女がいったい、両親になんと自分のことを紹介するのかを考えると、緊張で吐きそうになる。
映理の家に行くくらいなら。
「……俺んちでやろう」
家族に何を言われるかわからないが、事前にきっちり話を通しておけば、余計なことは言わないだろう。水魚はニヤニヤした目を向けてくるだろうが。
「飛天さんの家ですか? 楽しみです!」
飛天の葛藤も知らず、映理は心底嬉しそうに、初めての品川家訪問を心待ちにしていた。
>27話
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