しあわせのしっぽ(1)

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迷子のウサギ?

 自分が表舞台に立つのはやはり失敗だ、と笹川は内心、溜息をついた。聴衆の耳を彼の声はただ通り過ぎていく。それは彼らの目が、プロジェクタで投影されたプレゼン用のスライドではなく、笹川の顔に注がれていることからもわかる。

「……ですから、ここにお集まりいただいたボランティアの皆様方のご協力が必要なのです。ご清聴、ありがとうございました」

 笹川の言葉を最後まで聞き終えて一瞬遅れ、聴衆はぱらぱらと拍手をした。

 結局担当コーディネーターが同じことを説明しなければならないのだから二度手間なのに、どうして一同に施設に集めて説明会を行わなければならないのか、笹川にはまったく理解ができなかった。

 二十一世紀も半ばを過ぎ、遺伝子工学の分野はますます発展した。両親の性質の良い部分だけを遺伝させたデザイン・ベビーを創り上げることが富裕層では当たり前となり、今世紀初頭には胡散臭い危険なモノだと思われていた遺伝子組み換え食品は安全性を高め、元々の植物よりも普及した。

 人間は人間を細胞の一つから創り上げることはまだできていないが、出生前の受精卵を弄り回して変容させることはできるようになた。

 そうして生まれたのが、「ヒューマン・アニマル」と呼ばれる亜人類である。組み込まれた遺伝子の動物と同じ耳や尾を持ち、性質・特性も継承する。海獣の遺伝子を組み込まれた人間は、泳ぎが速いというように。

 もともとは先進国の少子高齢社会化が進んだ結果、減少した労働人口を補うために強いヒューマン・アニマルが求められた。肉食獣、体力のある大型の動物たち。

 だが人間の性として、珍しいものはすぐに性産業と結びつく。ヒューマン・アニマルたちもそうだった。すぐに組み込まれる遺伝子は犬や猫といった愛玩動物や小鳥たちに変わっていった。

 現在は多くの先進国で濫用を防ぐため、「ヒューマン・アニマルの製造および管理に関する条約」が批准されており、日本も欧米に遅れること十年、ようやくサインをした。

 それが三十年も前のこと。だがしかし、性風俗で働かされるヒューマン・アニマルたちはいまだ高いニーズがあり、秘密裏に生み出されている。貧しい女の子宮を借り受け、遺伝子操作済みの受精卵を着床させる。ヒューマン・アニマルの胎児は人間よりも短い期間で生まれ、成長スピードも速い。十歳くらいの外見になるまでには三年ばかり、ある程度まで成長してぴったりと外見年齢の変化が止まり、だいたい五十年くらい生きる。

 生まれて三年で、だいたい裏風俗の店で働かされる。劣悪な環境で。それは公然の秘密として、この日本という国では眉を顰められる事実ではあるが、蔓延っているのだ。

 警察をはじめとした国の機関は当然、ヒューマン・アニマルを違法に生み出している医者や彼らを働かせている裏風俗店を検挙しているが、完全にいたちごっこと化している。

 セックスしか知らないヒューマン・アニマルたちは大抵ひどい扱いを受けている。家畜にすぎない彼らのうちの一人が死んでも、また新しく補充すればいい。それだけのことだと思われている。

 保護されたヒューマン・アニマルは心身ともに深い傷を負っている。そのまま国の保護機関に収容したとしても彼らはすぐに死んでしまう。そう、本当の小動物のように。

 彼らに足りないのは愛情だ。家族も知らず、見も知らぬ男女に性的に搾取されるだけの人生では、彼らの傷は癒されない。愛情をもって接して、彼らを家畜ではなく家族として扱ってくれる誰か――ボランティアとして力を貸してくれる、アニマル・ウォーカーの家庭の協力があって初めて、彼らは愛されるために生まれてきたのだという自覚を持ち、普通の人間から見たら格段に短くはあるけれども、充実した生を送ることができるようになる。

 笹川のようなコーディネーターは、そうしたアニマル・ウォーカーの相談に乗るための職業であり、医師免許や獣医師免許、あるいは臨床心理士や弁護士資格を持っている人間のみが就くことのできる国家公務員職なのであった。

 後ろから声をかけられて、笹川は振り返った。アニマル・ウォーカー希望家庭への事前説明会の一番前で、珍しく笹川の顔ではなくてプロジェクタを熱心に見つめ、メモを取っていたから印象に残っていた女性だった。頬を紅潮させているのは、他の女性陣とは違って純粋ににヒューマン・アニマルの保護活動の必然性を理解して、興奮しているからだろう。

 彼女は大西と名乗り、笹川のようなコーディネーターになるべく司法試験に向けて勉強している大学生だと言った。二、三点質問があるのだと彼女は言い、そっけないながらも笹川は彼女の問いに答えてやる。

「ありがとうございます。……私も笹川さんみたいに、立派なコーディネーターになって可哀想な目に遭っているヒューマン・アニマルの皆さんを救いたいです」

 彼女の目にあるのは純粋無垢な善意そのものだった。

 そんなにいいもんじゃないさ、と言う独り言は胸の中にしまっておいた。

2話

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