迷子のウサギ?(46)

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45話

 高校卒業後、適当にアパレル系の専門学校を卒業してから、湊はアルバイトとして転々とショップに勤める日々を送っていた。特に夢もなく、希望もなく。洋服やアクセサリー、ヘアメイクなどのファッションに興味はあったけれど、ただそれだけ。

 適度に整った容姿、筋肉質で背の高い肉体を生かして、ストリート系のファッション誌の読者モデルとしてよくスナップ撮影には参加していたが、本格的にショーモデルになろうというつもりはない。

 何もかもが中途半端で、でもその分何物にも縛られない気楽な暮らしに満足していた。親はそんな湊に眉を顰めることもあったが、妹は「お兄ちゃんかっこいい!」と雑誌に載った湊を同級生に自慢するなどしていたから、親を疎んで一人暮らしをすることになっても、彼女とは仲がよかったと思う。

 彼女はいたり、いなかったり。飲み友達は専門学校時代の友人や、同じ業界で働いている人間。男も女も入り乱れて、時折酔った勢いで身体の関係を結んでも、特に後腐れなく、友人関係へと自然に戻っていく。

 その暮らしに亀裂を入れたのが、安藤という男だった。彼は湊をどこで見初めたやら、しつこく付きまとった。湊が住んでいる市の、市議会議員だというのは、安藤自身が自慢げに語ったことだった。

 これがもしも、有閑マダムというか、ホスト遊びに飽きてちょっと見目のいい素人に手を出そうという女であれば、旦那にばれないようにする身体の付き合いだけならば、応じた可能性も多少はあるが、安藤は湊よりも背が低いとはいえ、どうみても男だ。洋服の趣味はいいが、顔はあまりいいとは言えず、たとえ自分がバイセクシュアルだったとしても、食指は動かなかっただろう。歴代の彼女はみんな、美人だった。

 プレゼントや花束、待ち伏せされて、路地裏で無理矢理車に乗せられそうになる。そんなことを何度もされて、湊の堪忍袋の緒は切れる。

『いい加減にしろよ、おっさん! 俺はホモじゃねぇんだよ!』

 そう怒鳴って、手を上げた。顔を殴る。湊くんやめなさい、湊くん! と言われてもやめなかった。通りかかった知人たちも加わって、安藤を殴った。

 ぼこぼこになった安藤の財布から、「今まで俺のストーカーした分の慰謝料ってーの? もらってくから」と一万円札を二、三枚抜いて、自分のポケットに突っ込んだ。もう二度と、安藤は声をかけてこないだろう。そう思った。

 だがそれは、子供であるがゆえの甘い見通しだった。地位も金もある大人の男というのは、欲しいものがあれば力ずくでも手に入れるのだ、ということを、どちらも持っていない湊は知らなかったのだ。

「……あの日もやっぱり、誰かに俺のことを殴らせて、さらったんだったな、あんた」

 殴られて昏倒した湊は、そのまま記憶をなくした状態で発見された廃病院へと連れていかれ、そこで麻酔をかけられて、遺伝子を弄られた。

「でも残念だったな。ほんとはウサ耳生やした俺とヤりたかったんだろうけど、駄目だったんだろ?」

 病院での検査の結果、湊の体内、体外ともに他人の体液はなく、強姦された形跡もなかった。遺伝子手術でウサギの耳と尾を生やしただけで、本来の目的は遂げることができなかったのだ。

「そうだな。なぜか警察に突き止められてな」

「警察ってのは優秀なんだぜ」

 軽口を叩きながらも、湊は注意深く逃げる隙を探る。扉は安藤の背に隠れている。窓は見当たらない。自分の方が体力は勝っているだろうから、いざとなれば殴ってでも。

「それで、なんで俺があそこにいるってわかったんだよ。警察と同じくらい、あんたの手下たちは優秀なのか?」

 湊は人目のつく時間帯に外出することはなかった。錦の事件があってからは、それすらもほとんどしなくなった。アパートの一階に降りたら、ダッシュで迎えに来た車に駆け込む。ニット帽の上にパーカー、コートのフードを被って、コートは丈の長いものしか着なかった。カーテンを開けることすらしなくなった。外から見えないように、用心に用心を重ねていた。

 だから、あの部屋にウサオとして、湊が暮らしているなどということを、安藤が知るはずもないのだ。

「一回も家から無防備に出なかった? もう忘れたのかい?」

 ――たった一度きり、君は公にその姿をさらけ出したじゃないか。

 安藤の口ぶりに、その「たった一度」を理解する。

「……まさか」

 安藤はスマートフォンをかざした。そこに映し出されたのは、怯えた表情の、ウサ耳男。

「それ、は……」

 あの日の湊自身だった。壁際に追い詰められて、今にもレイプされそうになって、怯えている。情けない、泣きそうな顔で。

「すぐに消されてしまったけれどね。今どきのSNSの拡散能力というのは馬鹿にならないねえ。何せ、そのおかげで君に再会できたのだから」

「まさか、あんたが錦の……」

「ああ、保釈金の件か? 当然だろう? 彼の家族はもう彼に愛想をつかしていたからね、君を再び手に入れられるのならば、あんなもの私にとっては端金でしかない」

 もう、殴って逃げ出すしかない。これ以上ここにいてはいけない。頭の中で警鐘が鳴り響く。舐めるような安藤の目つきに、吐き気がする。

 ベッドの上から素早くどいて、湊は姿勢を低くする。瞬時に判断して動くためには、重心は低い方がいい。喧嘩はそれほど不得意ではなかったから、大丈夫。安藤には一度、勝っているのだから。

 驕りがなかったとは言わない。だが、一枚上手だったのは相手の方だ。

 カチャリ、と額に押し付けられた硬く冷たいもの。湊は完全に動きを止めた。

47話

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