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<22話
いっしょに寝る! と主張して譲らないポチを説得するよりも、ウサオに「いいか?」と尋ねる方が簡単だと笹川は判断した。勿論、と気安く受け入れたウサオに、ポチが抱き付いて鼻先同士を触れ合わせる。嬉しい嬉しい、と素直に甘えてくるポチは、なんとなく弟のようで放っておけない。
「おふとんふかふか~」
布団の海で泳いでいるつもりなのか、寝転んでじたばたしているポチの隣に寝転ぶと、笹川が「おやすみ」と言って電気を消して行った。おやすみなさい、とポチもいい子の返事をするが、興奮しているのか鼻息が荒い。暗い中で目が慣れてくると、やはり楽しくて楽しくて仕方がない、と爛々とした目でウサオを見ていた。
「ポチ、寝ないと明日起きれなくなるぞ」
「うん。うん」
頷いているけれど、結局寝るつもりはないらしい。しょうがないな、と腰を据えて相手をする決意を固めて、ウサオは体勢を整えた。
「ウサオ、おとまり。たのしいね」
にこにこと何度も「楽しい」を繰り返すポチは、きっと自分と同じなのだ。ヒューマン・アニマルであることからポチも、残念ながら自分も、逃れることはできない。そのために家の中にいることを余儀なくされているからこそ、ウサオの来訪が嬉しいのだろう。
ポチもウサオも狭い世界で、限られた人間としか会うことはない。ウサオは俊と、ポチは笹川と、一日の大半の時間を二人きりで過ごす。けれど両者の関係というのは、だいぶ違っている。
ウサオは俊とは対等な友人関係を築くこととなった。居候はさせてもらっているが、家事をこなすことによってウサオの中のうしろめたさは薄くなる。二人でゲームをしたり映画を見たりするのも楽しい。
けれどポチは、どうだろう。
――あいつは俺のことを、『ご主人様』だと思っている。
笹川の言葉を思い出す。主と従は横ではなくて、縦で繋がった関係だ。笹川は対等な家族になりたいと言っていたが、ポチの意識が変わらないことには無理だと諦めていた。
けれど、果たして本当だろうか。ポチの知能は五歳児並みだが、意思の疎通ができないわけではないというのは、今日向き合ってみてわかっている。
「なぁ、ポチ」
「ん~?」
夕飯の後にぐっすりと居眠りをしていたポチは元気に足をばたつかせていた。眠くなる前に、とウサオは笹川についてポチに尋ねた。
「笹川さんのこと、どう思ってるんだ?」
「こうすけ? どうって?」
暗闇の中、首を傾げた気配がした。抽象的な質問は意味をなさない。もっと具体的に聞かなければ、ポチの気持ちを聞きだすことはできない。
「笹川さんのこと、好き?」
「すき!」
「じゃあ俺のことは?」
「すき!」
同じ声のトーンで「好き」だとポチは答える。
「おんなじ好き?」
「おんなじ……?」
「笹川さんと俺と、おんなじ、好き?」
ポチはきゅうん、と一言鳴いて、黙ってしまった。困らせてしまったか、とウサオが口を開こうとしたところ、おずおずと「たぶん、ちがう……」とポチが小さな声で返事をした。
「そっか」
「うん。ウサオはね、おともだち。おうちかえっても、またあえるから、いいの」
ウサオは頷いて、黙ってポチの話を聞いた。
「でもね、こうすけとはなればなれになったら、おれ、おれ……っ」
想像しただけで悲しい気持ちになったのか、すんすんと涙声に鼻を鳴らしてポチは言った。泣くなよ、と彼の頭を撫でてやって、ウサオはぎゅ、とポチを抱きしめる。
笹川がいなければ生きていけない。それはポチの本心なのだろう。もう一歩踏み込むための質問を、ウサオは投げかける。
「それは、笹川さんが、ポチのご主人様だから? 飼い主だから、ご飯をくれるから、一緒にいたいの?」
「ちがうよ!」
あまりの勢いによる否定で、ウサオは一瞬ポチから身体を離した。ポチは、はっとした様子で「ごめんね、でも、ちがうの」と言う。
「ごはんなんてくれなくても、いいの。こうすけがずっとそばにいて、ぎゅっとしてくれたらいいの」
「ポチ……」
「でもね、こうすけ、おしごとだから」
お仕事、と言うのはコーディネーターとしての職務のことだろう。ポチは笹川が職務上の責任感から自分を引き取って、共に生活をしているのだと思っている。確かに最初はそうだったのかもしれないが、今の笹川はポチの主人でいることに苦痛を感じている。
「おしごとだから、おれといっしょにいるの。だからおれも、おしごとするの」
「仕事……?」
ポチの仕事とは何だ。そう考えて、ウサオははっと気づく。
ポチは、ヒューマン・アニマルだ。仕事なんて、ひとつしか知らない。
「いたずらしたら、おしおきされるの。そしたらおれ、おしごとできるの。だからおれ、いたずらするの」
違法な風俗店で働かされるセックス・ワーカー。ポチもまた、そこで働くために生み出され、実際に労働に従事していた。笹川との情事を語るポチの目は、無邪気な愛に満ちて、澄んでいる。
「ストレス? っていうの? おれとえっちすると、ストレス解消になるって、お店のお客さん、言ってたから。ストレスってよくないものなんでしょ?」
「……ポチ」
「おれね、痛いのもぜんぶ、がまんできるよ。こうすけにつかってもらってたら、きっと、こうすけ、おれとずっといっしょにいてくれるよね?」
ウサオはその問いに答えることができなかった。ただ、「さっきの、ご主人様じゃなくても一緒にいたいんだって、ちゃんと笹川さんに言った方がいい」
としか言えなかった。
「? いうの?」
「うん……たぶん笹川さん、喜ぶと思う」
「こうすけ、よろこぶ? うれしい?」
じゃあお話するね! と笑っているポチの身体を、ぎゅ、と抱きしめた。何を勘違いしたのか、ポチは、
「おしごと、こうすけとしかしちゃいけないからウサオとはできないの。ごめんね」
と心底申し訳なさそうな声と顔で言った。
「いいよそんなことしなくて。……俺とポチは、友達、だろ?」
そう言うと、ポチは「うん、ともだち! ウサオすき!」とウサオの胸に頭を擦りよせて微笑んだ。
>24話
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