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<4-2話
千尋が風呂から出てきた。「ご飯炊けてるから持ってくね」と言う。
「誰からかしんないけど着信きてたぞ」と、靖男には言えなかった。千尋は携帯を確認することなく、キッチンへと向かってしまった。
少ししてから茶碗と缶詰の焼き鳥を持ってきた千尋は、靖男の隣に腰を下ろす。靖男が飯をかき込んでいるのを楽しそうに見ながら、千尋もまた箸を伸ばした。
食べ方も上品だな、と靖男はちらりと盗み見する。ひとつひとつの所作が丁寧で洗練されている。
食べ終わって食器を洗い終わると、千尋はそこでようやく自分の携帯電話に手を伸ばした。ディスプレイを確認して、あれ、という顔をする。靖男はなんとなくきまり悪い気持ちで、黙って視線を逸らしていた。
千尋は何の気兼ねもなく、折り返しの電話をかけた。靖男は自分の存在が消されたような気になった。
すぐに向こうは電話に出たらしい。何か用事でもあったんですか? と言う千尋の声は明るい。電話の向こうで佐川が何か冗談でも言ったのだろう。千尋はけらけらと朗らかに笑った。涙を流すほど笑う千尋を、靖男は驚きをもって見つめていた。
笑ったことで気が緩んだのだろう。千尋はぽろり、と零した。靖男にとっては決定的な一言を。
「もう、洋介さんってば」
洋介、さん。ああ、そうだ。佐川の下の名前が洋介だったな。そう思った瞬間には、靖男は立ち上がり、千尋の手から携帯電話を奪い取っていた。電源ボタンを壊れるほど強く押して電源まで切って、乱暴に放り投げる。
「ちょっと、神崎!」
珍しく声を荒げた千尋が飛ばされた携帯電話を追いかけるために、立ち上がろうとした。そのために床に置かれた手を、靖男は踏みつけて制止した。
上から千尋を見るのは久しぶりだ。ひと月ほど前の、秘密を知ったあの日以来だ。ぐりぐりと靖男は足に力を込めた。千尋は眉根を寄せて痛みに耐えている。その姿があの日股間を踏みつぶされて快楽に堪えている顔と重なって、靖男は急に喉が渇くのを感じた。
靖男はスマートフォンを取り出して、振った。脅迫材料となる動画も写真もないということを知らない千尋は、ぴたりと動きを止める。
「……佐川先輩さぁ、知ってんのかなあ。お前が女装してオナるの好きだってこと」
「神崎……」
「見せてあげた方がいいんじゃない? 仲いいのに秘密あんの、駄目っしょ?」
スマートフォンを操作するフリをする。踏まれていない方の腕を伸ばし、靖男の脚に縋りついた。
「だ、だめ……やめて、ください……な、なんでもする、から」
千尋の敬語を引き出したことに満足した靖男は、にこりと笑って、「お前さぁ、メイド服って、持ってる?」と尋ねた。おずおずと頷いた千尋に対して、「んじゃ、それに着替えてきて」と命令する。
>4-4話
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