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<5話
日が経つのはあっという間で、十二月になった。約一か月の間勉強を見てやった結果、光希の塾での定例テストの順位はぐいぐいと上がり、最上位のクラスに食い込んでいった。
「塾の先生にも、このままだったら海棠、行けるかもって言われたんだ」
喜んでいる光希を、恭弥はまずは褒めた。けれどどうしても恭弥には気になる部分がある。
「数学と、理科がなぁ……」
テスト結果を眺めて恭弥が呟くと、それまでの自信満々喜びいっぱいの笑顔が嘘のように、光希はしぼんで小さくなった。
「二分野はいけるんだけどな……理科」
国語の成績が飛躍的に伸び、それに伴って英語の成績も上がった。元々得意な社会科は置いておくとして、ここに来て理数科目の弱さが浮き彫りになった。
恭弥は文系なので数学や化学、物理は不得手である。中学校の範囲ではあるものの、その時期から苦手だったから、難関校入試に必要な応用問題の攻略方法を教えることができない。
かといって交友範囲の狭い――原因は譲の過干渉だが、それを咎めないのも悪い――恭弥では、理系の家庭教師など探せない。報酬があれば別だが、これは完全なボランティアだ。ますます見つかるわけがない。
「理系、か……」
国語と英語と社会で引っ張るにしても限度というものがある。早々に手を打っておくべきだった、と恭弥は今更反省をする。
「あ、あの、俺兄ちゃんや、兄ちゃんの友達にも相談してみます!」
困っている恭弥を察して光希は言った。急いで参考書を開いて、「理系の勉強はそれからやるとして、まずは国語! そろそろ古文教えてください!」と、恭弥に気を遣う。
いい子だな、と思う。弟がいたらこんな風に勉強を教えたり、たまに喧嘩をしたりと賑やかだったかもしれない。
素直で手のかからない光希は弟にするには最高だが、恋人にするとなると、果たしてどうだろうか。恭弥は考える。
デートをしたり、キスをしたり。それ以上のことは、相手がまだ中学生だから想像できない。遊園地に行ったり、動物園に行ったり、相手の年齢に合わせた健全なデートだ。
しかしその想像の中で、恭弥の恋人として振舞っているのは光希ではなくなっていた。丸みを帯びた子供っぽい輪郭ではなく、シャープな顔立ちに真っ直ぐな黒髪。頭も恭弥を上から見下ろせる位置にあり、優しい眼差しは光希よりずっと大人びている。
千尋だった。女装姿を見て幻滅しても、それでも六年越しの片思いはそう簡単には、諦めがつかない。
「御幸さん?」
物思いに耽る恭弥を訝る光希の呼びかけに、我に返った。
「あ、あぁ……古文だったっけ? いいよ」
光希の開いた参考書を引っ張って、恭弥は目の前の文章に没頭して、千尋の影を頭から追い出すことに成功した。その間もずっと、正面からの探るような光希の視線を感じていたが、気づかなかったふりをした。
>7話
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