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<10話
最初の頃の緊張感は薄れ、土曜日の午前中から恭弥はそわそわしている。参考書とノートを睨みつけて一心不乱にシャープペンシルを走らせている光希の集中力をいいことに、スマートフォンを確認する始末だ。
「……御幸さん」
残念ながら通知が来ているのは例の変なメッセージだけで、千尋からは何の連絡もない。当然だ。今頃は実験に勤しんでいるのだろう。
化学実験といえば白衣だ。光希に勉強を教えているときの千尋は眼鏡をかけている。眼鏡に白衣は王道だなぁ、と妄想だけでにやにやできる。
「御幸さん! ってば!」
「あっ?」
現実に引き戻された瞬間に、間抜けな声が出る。慌てて咳ばらいをして落ち着きを取り戻して、「光希?」と彼の名前を呼んだ。
光希は明らかに、むくれていた。口をへの字にして、眉は上がっている。珍しい子供っぽい表情に、思わず恭弥は笑ってしまった。笑わないでよ、と鋭く責められて、黙った。
「俺に勉強教えてくれるんだよね? なのになんでスマホ離さないし、名前呼んでんのに、気づいてくんないの?」
叱責はその通り、としか言いようがなくて恭弥は何も言えなかった。光希はじっと、恭弥のことを睨んでいる。普段は柔和で、細く開かれている瞳が、今は鋭い輝きを孕んでいる。まさしく射られているような気がして、心臓が止まりそうになる。
「他の曜日は普通なのにさ、土曜日だけ」
もしかして、と光希は続けた。これだから、勘のいい子供は困るのだ。
「……五十嵐さんと、御幸さん、何かあるの?」
もうこれ以上、隠し立てすることはできない。恭弥は悟り、どう語るべきかを一度目を閉じて考え、やがて口を開いた。
>12話
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