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<39話
帰宅部の生徒はとっくに帰ってしまったし、部活動の生徒たちは教室になど用事はない。おそらく俺たちが最後だろう。
「ん?」
廊下を走り去って行ったのは、あれは柏木じゃないか? 俺たちが来たことに気がついていた様子ではないが、慌ててどこかへ行ってしまった。なんだありゃ?
俺は呑気に扉に手をかけて、開けた。
「……嘘だろ」
呟いたきり、絶句してしまった。中央に位置する、俺の隣の呉井さんの席。机の上は、惨状になっている。
「呉井さん……」
彼女は震え、唇を噛みしめている。泣いてはいないが、瞬きせずに睨みつける先には、彼女の持っていた手帳のページが、ビリビリに破られている物だった。
「ひどい……」
財布やスマートフォンなどの貴重品は持ち歩いていたが、彼女の愛用する手帳は少し大きく、探偵ごっこに不向きのため、薄い生徒手帳のメモページを利用していた。晒された手帳を手にして、呉井さんはハッとして、何かを探すようにページをめくり始める。
あまりの勢いに、挟まっていた紙が一片、ひらひらと落ちた。
「呉井さん、何か落ちたよ」
それを拾い上げた拍子に、うっかり見てしまった。
落ちてきたのは写真だった。俺たちと同世代くらいの、美しい少女の写真。薄茶のロングヘアのその少女は、うっすらと微笑んでいる。呉井さんの笑い方に少し似ている。だが、決定的に違うのは、その目だった。
呉井さんの目は、正直者の目。嘘がつけない。面白いと思う物を見つけたときには、キラキラと輝く。唇は気取って小さくしか微笑みを刻まなくても、彼女の目を見れば、おおよその感情の動きはわかる。
写真の美少女の目は、情熱のかけらもない。何が好きも、何が嫌いもない。世界のすべてがつまらないものだというように、彼女の目は見ている。
呉井さんが俺の手から写真を奪い取る。探していたのはその写真だったようで、彼女はほっとした様子で胸に抱いた。俺が写真の少女について尋ねる前に、呉井さんはいそいそと鞄の中にしまった。
ただわかるのは、呉井さんが少女のことを大切に想っているということ。だから俺は、写真のことを突っ込んで聞くことができなかった。
「誰がこんなことを」
言いながら、俺はあいつを疑った。
俺たちに気づかず、逃げるように廊下を走って行った少女。
「明日川くん」
呉井さんが自分の座席付近を指した。示す先に落ちていた物を拾い、俺は疑惑を強める。
「これって」
ピンク頭の男子のぬいぐるみの持ち主に、思い当たるのは柏木しかいなかった。
>41話
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