高嶺のガワオタ(12)

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ライト文芸

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11話

 小さな美術館だった。自分で選んでおいてなんだが、飛天は特に芸術に興味があるわけではない。静物画や人物画は、上手い下手くらいの区別はつく。だが、この美術館に飾ってある絵のほとんどは、抽象画だ。

 謎の図形がランダムに並んでいる。これのどこが、『春――あらゆる生命の息吹を生みし躍動』なのかわからない。それでも絵画の前でじっと動かずに見ているのは、飛天にもなけなしのプライドがあるからだ。

 隣に立つ映理は、鉛筆とメモ帳片手に、展示を楽しんでいる。あれこれと書き込んでいるところを見ると、ここを出た後に感想を語り合う流れになるはずだ。

 しどろもどろになるのは、格好悪い。飛天はどうにか自分なりのコメントをしなければ、と意気込んで絵を眺める。

 無心で目を細めていると、ぼんやりと別の画像が浮かび上がってくる。立体視か。そんなわけない。映理に向かって、こんな感想言えるか。

「この絵が気に入ったんですか?」

 場所柄、映理は小声で話しかけてきた。首を捻っていた飛天は、首の位置を戻す。ゴキ、と音がする。

「いや、そういうわけでは……うーん」

「抽象画って、なんだかよくわからないですよね。そこが面白くもあるんですけど」

 そうか。映理にもわからないのか。

 飛天の気持ちは軽くなった。勿論、知識があれば、作品の解釈に深みも増すだろう。だが、芸術というのは、難しく考えずに、わからないなりに、楽しんでも構わないものだ。

 目から鱗の気分で、飛天は映理と小さな声で会話を続けながら、作品を見て回った。人が少ないので、一度通過した作品のところに、「そういえば」と戻っても大丈夫だった。

 この線が勢いがあっていいだの、同じ赤でも違うのか、だの。感想を語り合いながら歩くのは、楽しい。

 たっぷりと二時間近く美術館に滞在した二人は、近くの喫茶店に入った。小さな看板ひとつしか出ていない半地下の店で、真鍮製のドアノブがレトロだ。

 わかりにくい店だし、若い女性客はいなさそうだ。こういう店を嗅ぎ分けるのが、得意になった。

 席に着いた彼女は、ぐるりと天井から床まで見回して、「落ち着いたお店ですね。私、こういう場所好きです」と微笑んだ。

 飛天はほっとして、「俺も」とメニューを彼女に渡す。ちょうど昼時で、ランチメニューには昔ながらの喫茶店の軽食が並んでいた。

 注文を済ませてから、展示の感想を語り合う。稚拙なコメントしかできない飛天に対して、映理は専門的な知識も交えてくる。

 曰く、あの作家の筆のタッチはルネサンスのなんとかという画家をオマージュしていて……聞いていても、さっぱりわからなかった。

 映理からは知性と教養、それから上品さを感じる。それもそのはずで、彼女は東丸商事という大手商社の創業者一族の娘だった。

 本人がひけらかしたわけではない。珍しい苗字なので、つけっぱなしになっていたテレビから「東丸~」と聞こえてきて、驚いた。それで気になって調べてみたら……というわけだ。

 やっぱり手の届かない花だ。今、こうしてデートをしていることは、奇跡である。勇気を出してよかった。

 だが、今後の見通しは暗い。いつまで彼女が、この「練習」を必要としてくれるのか。

「飛天さん?」

 急に押し黙ってしまった飛天を、訝しそうに映理は呼んだ。

「ああ、いや。何でもない。俺はあんまり美術とか詳しくないから、またいろいろ教えてくれたら嬉しいな」

 次のデートも美術館で。

 そう言外に滲ませた飛天の意図に気づいているのかいないのか、映理は「じゃあ、私もしっかり予習しますね!」と朗らかに胸を張った。

13話

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