次に歌うなら君へのラブソングを(10)

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9話

 朝六時に鳴り出したスマホのアラームを、開始三秒で止めることに成功した。寝室は静かで、司はホッとする。

 台所を借りて、朝食を作った。起きたときに少しでも食べてもらえればいい。

 ハムと卵、レタスのサンドウィッチに野菜をたっぷり入れたコンソメスープ。簡単なものだが、胃にあまり負担にならず、栄養もばっちりだ。

 ちょっと悩んで、念のため、スープを温める目安をメモに書き込んだ。キッチンの様子から、料理ができるとは到底思えなかった。

 ネクタイは外したまま、ジャケットだけ羽織る。窓の外は梅雨の晴れ間、数日ぶりにすっきりと晴れている。

 司はそっと寝室に顔を出した。布団が上下する規則正しいリズムが、まだ彼が眠っていることを示している。

 少しは回復しただろうか。ベッドに近づき、覗き込む。

 安らかな寝顔。まだ隈は消えないが、顔色はだいぶよくなったことにホッとする。

 司はそのまま、花房の顔を観察した。目を閉じている場面など、教室ではほとんどない。物珍しく、司は目が離せなかった。

 人の印象を決定づけるのは、目なのだということがよくわかる。花房は背も高いし、顔立ちも整っているが、目つきは鋭い。無表情でいると、「怒ってる?」「怖い」と言われがちな風貌である。

 その瞳が閉ざされた今、彼は穏やかで、まるで彫像のようだと思った。アーティストが魂込めて刻み込んだかのような陰影が、セクシーだ。

「やっぱ、好みの顔してんだよなあ……」

 うっかり漏れた独り言とほぼ同時に、花房が「うう、ん」と、唸り声を上げた。ぎゅっと力が入ったかと思うと、次の瞬間、ばちっと開いた彼の目がしっかりとかち合う。

 聞かれた!?

 司は会社の人間に、自分がゲイだとカミングアウトしたことはないし、今後も一切明かすつもりはない。同性にまつわる「好みの顔」を恋愛対象ではなく、理想の顔と解釈してくれればいいのだが……。

「お、おはよう」

 ひとまず挨拶をすると、花房は顔を擦り、しぱしぱと瞬きをしながら「おはよう、ございます……?」と、不明瞭な言葉を紡いだ。

 完全に寝起き、まだ覚醒しきっていないことを悟った司は、内心でガッツポーズする。

 よかった。たぶん、俺の独り言は聞いていない。

「あれ、蓬田先生、なんで……?」

「終電逃したから勝手にソファ借りた。寝てていいぞ。あー、あと朝飯も作ったから、あっためて食べろよ」

 早口に一息に言って、司は花房の反応を待たずに、彼のマンションを出た。

 朝日が目に眩しい。

 もう二度と、この部屋に訪れることはないんだろうな。

 そう思うと名残惜しく、外に出た司は、今出てきた建物を振り返った。

11話

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