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<15話
意気揚々と助っ人を請け負った早見だが、彼もまた、ゲーム初心者だった。
「待て。どうして逆にいくんだ!?」
「早見さん、それ違う! それ俺! 早見さんは緑の方!」
一緒になってステージから落下する。
「あーあ」
落胆しつつも、日高は楽しんでいた。ひとりでするよりも、二人の方が断然盛り上がる。
お互いに、ああでもないこうでもないと試行錯誤して、プレイすること一時間。
「や……った!」
日高の操る赤い方のひげ男が、モンスターの脳天をジャンプで踏みつけると、敵が一瞬動きを止め、それから透明になって消えていった。
コインを大量にゲットする効果音と、久方ぶりの勝利のメロディー。日高は喜びのあまり、「いえーい!」と、早見とハイタッチをした。
一方的な勢いで、ペチン、と合わさった。爽快感に欠ける間抜けな音がする。
日高はあまりに子どもっぽい行動をしてしまったことにハッとして、恥じた。すぐに手を離し、コントローラーを握り直しながら、隣の早見をちらちらと窺った。
彼は突然のハイタッチにも、まったく動じていなかった。クリア画面をぼんやりと眺めていたと思ったら、ポケットからメモ帳を取り出して、何かを書きつけている。
ペンもメモ帳も、見慣れたものだった。彼は常に二つをセットにして、肌身離さず持ち歩いている。
百円均一ショップで売っているチープなものではなく、柔らかな革製カバーがかかっている。ペンは高級品ではないが、こだわりがあるのだろう。一種類しか見たことがない。
食事中や日高と喋っている最中でも、早見はふとした瞬間、空中を睨んでいることがある。
最初は機嫌を損ねたのかとあたふたしたけれど、そういうとき、彼は小説のアイディアを受信しているのだと気づいた。
あのメモ帳の中には、彼の思考のかけらが、たくさん眠っている。
日常のすべて、もっと言えば、命のすべてを、早見は自身の小説に燃やしている。
こんなくだらない、テレビゲームであっても。
早見が無言でふらふらと出て行った後、日高はゲームの続きをする気にならず、電源を落とした。
立ち上がり、背伸びをして気合いを入れ直す。
日高は慣れると饒舌になる性質で、食事のときには、早見にいろいろなことを話す。親友のこと、アルバイト先のこと。その他、当たり障りのない個人的な経験を、早見は黙って頷き、聞いてくれる。
だが逆に、日高が早見について知っていることは、ほとんどなかった。不器用な小説家で、親切な人。それだけで足りていたのだ、今まで。
日高は、意外と欲張りな自分に気づく。
早見のことを、もっと知りたい。決しておしゃべりな性質ではない彼を質問攻めにするよりもきっと、彼の書いた作品を読んだ方が、深いところまで辿り着ける。小説は、彼のすべてだから。
最初に見せられた、あの本を読んでみよう。自分の置かれている状況を理解して、今後どうすべきか思いつくかもしれないし。今なら、読める気がする。
「あれ?」
本棚に戻して、それからずっと同じ位置にあったはずの本は、見当たらなかった。他の場所を探しても、見つからない。
早見が必要になって、持ち出したのかもしれない。わざわざ「持っていった?」と聞いて、煩わせるのは本意ではない。
ないならないで、他にも著作はたくさんある。わざわざ分厚いハードカバーを選ばなくてもいいだろう。あの本はそもそも、ハードルが高すぎた。他の本で慣れてから、早見に聞いてみてもいいだろう。
日高は悩みに悩んで、一冊の文庫本に決めた。一番薄いし、表紙は漫画っぽいイラストで、とっつきやすかったからだ。
裏表紙にはあらすじが書いてあったが、読むとそれだけで満足してしまいそうだったので、日高はわざとスルーして、一ページ目を開いた。
>17話
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